私はあなたをあきらめない

  • 2010年April11日(Sun) 14:37 JST
特集
自分自身の可能性に目覚めさせる『スタント・メソッド』で世界の若者を救う
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マハテール元マレーシア首相とも一緒に講演

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現地のマスコミでも大きな反響が。。
母国インドネシア・シンガポール・マレーシア、中国の政府や関係機関からも熱烈なラブコールを受け、それぞれの国で講演。スタント教授の教育にかける熱い思いは各国の悩める若者たちを奮い立たせた。その様子は、現地のマスメディアでも大きく取り上げられている。久しぶりに日本に帰ってこられたスタント教授に3人の学生がお話を聞いた。

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(菅野勝男氏撮影)

Q:先生の子供の頃の様子や日本に来られた経緯をお聞かせください。

A:私は幼いころ両親を亡くし、とても厳しい継母に育てられました。病弱で邪魔者扱いされ家ではいい思い出はありませんでした。家にいるのがいやだったので、朝早く登校し学校の掃除をするようにしました。そのおかげで先生やみんなにも認められるようになったので、もっと認められたいと思い、熱心に勉強しクラスメイトや近所の子供たちにも勉強を教えはじめました。しかし、高校1年になったばかりの1965年、9.30事件反共産党クーデターで、新政府が全国の中国系インドネシア人の学校を閉鎖し、私たちは教育が受けられなくなりました。仕方なく兄の電子機器の販売事業を手伝いながら、自分も修理事業を立ち上げました。そしてその事業が大成功し、兄が裕福な生活を送れるようになったので、経済的な理由から高校や大学に行けなかった私は、もっと勉強したいという気持ちを抑えきれなりました。

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エンジニア志望だった私は精巧な電子製品を作る日本に自然と惹かれ、そして、23歳で来日し、26歳の時に一般の年齢より8年遅れではありますが、ついに日本の大学に入学することが出来ました。東京農工大学で、電子工学を専攻し、東京工業大学で博士課程も修了しました。しかし、34歳を過ぎていた私には、日本での就職先はありませんでした。日本で就職する夢を諦められなくて、自分の条件をよりよくするために、もう1つの博士号を必死に挑戦して取得しました。そこで、工学・医学と2つの博士号をとりましたが、それでも日本では認めてられませんでした。日本で14年間がむしゃらに生きてきたのにまさかだめだとは。。。途方にくれていましたが、人生を再出発しようと決心し、日本がだめなら今度はアメリカしかないなあと思い、3人の幼い子供を残し、38歳で全く未知の最もレベルが高いといわれる米国の科学界に挑戦することにしました。「当たって砕けろ」の精神で、もう一度自分の人生を賭けてみることにしました。そして、幸いにも、実力を認めてくれるアメリカの大学が見つかり、念願の教職の仕事を得ることが出来ました。5年ほどアメリカで教鞭をとりましたが、東工大の恩師奥島教授の誘いがあり日本に戻って来ました。 



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Q:どうしてアメリカから日本に戻ってきたのですか?そして、大学の教育改革に取り組むようになったのはなぜですか? 

A:私は日本で鍛えてられて、結果的に4つの博士号を取らせてもらいました。厳しい日本社会で鍛えられたお陰で今の私はあります。素直にその日本に恩返しをしたいと思いました。
しかし、赴任した大学で8割以上の学生が授業を理解していなくてもそのままにされていることに気づき、私の授業を受けている全員のやる気を燃え上がらせて見せようと決心しました。
母国や米国での実体験や日本の社会で否定されても何度も挑戦し続けた自分の体験を語り、彼らを励まし続けました。反面、授業にはとても厳しい姿勢で臨みました。授業はほとんど英語で行い、また英語でのプレゼンも学生に要求しました。はじめは学生たちもパニックを起こしましたが、こちらの真剣な気持ちが伝わると、学生たちも少しずつ努力するようになりました。どんな若者も本人も信じられないほどのすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。それを引き出してあげるのは、教育者の本気の姿勢です。大学では、やる気のある学生だけを相手にすればいいという考えがありますが、私は、誰一人として彼らを見捨てません。また他の先生にも生徒を見捨てないでほしいと思っています。

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中国の大学の創立100年での記念講演



Q:子供のころ、愛情に恵まれなかったのに、先生のその限りない生徒への愛情はどこから沸いて来るんですか? 

A:私の子供時代はあまりに悲惨すぎて、他人に愛情を求めることが出来ませんでした。ただ、自然の中で遊び、生きていることに感謝するしか自分の存在意義を見出せなかったのです。しかし、子供たちに勉強を教えるうちに人に感謝される喜びを感じるようになりました。愛情は『人に先に与える』ことによって『与えられる』のです。厳しい家庭環境のお陰でそのことに気がつくことが出来ました。そしてその『先に与える愛情』には限りがありません。なぜなら、いつか必ずその気持ちが相手に伝わることを何度も経験して知っているからです。教師として教えた学生が成長していく姿を見ることほど幸せなことはありません。
私は、一人ひとりの学生がそれぞれの物語の主人公だと思っています。自分を好きになって自分らしい人生を送ってほしい。そのためには中途半端はだめです。多くの学生が涙を流すほど私の授業は厳しいので有名ですが、私は一人ひとりの学生に自分の夢を絶対にあきらめさせません。彼らの夢は私の夢でもありますから。
一見やる気のない学生ですら、本来はすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。私たち教育者には、彼らの隠れた本心と真剣に向かい合って、命がけで授業に取り組む姿勢が必要です。そうすれば必ず彼らは、本当の自分を取り戻し、自分自身の夢と向かい合い、自分の物語を作っていくようになります。人に作られたのではないオリジナルの人生を生きるようになります。そしてそれは大きな自信につながり、自分をどんどん好きになり、やがて人にも優しくなります。
カワン・スタント氏 早稲田大学臨床教育学研究所所長
カワン・スタント氏:早稲田大学国際教養学術院教授早稲田大学臨床教育科学研究所所長1951年インドネシア・スラバヤ生まれ、74年に来日し、エレクトロニクス技術を学ぶ。77年に東京農工大学の電子工学科へ入学。卒業後、東京工業大学、東北大学など4つの大学で「工学」「医学」「薬学」「教育学」の博士号を取得。88年、米デュレクセル大学工学部準教授、90年、トーマス・ジェファーソン医科大学医学部準教授を兼務、93年に再来日。桐蔭横浜大学工学部教授に就任し、「学生のやる気を引き出す」教育法を確立。2003年より現職。経済産業省産業構造審議会21世紀経済産業政策検討小委員会委員を歴任、米国超音波医学会、米国音響学会、日本音響学会、日本超音波医学会などでも受賞歴あり。著書 『「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか』(三笠書房)が、大きな話題に。
アジアの先進国としての大人の対応が必要
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Q:日本に住む外国人が220万を超えましたが、今後日本の社会はどのように対応していけばいいと思いますか? 


A:日本はもっと留学生を大切にする必要があると思います。多くのアジアの学生たちは、アルバイトをしながらも本当によく勉強しています。日本の将来のためにも、彼らを暖かく迎えてあげる大人の対応が、アジアの先進国、日本社会には必要だと思います。アメリカの大学で5年ほど教鞭をとりましたが、いろいろな国の人たちを受け入れる寛容性がアメリカの人気の秘密ですね。一方、日本で学ぶ留学生は、日本のすばらしいところをもっと積極的に学ぶべきです。たとえば、日本ほどごみのポイ捨ての少ない国はありませんし、公衆道徳の面でまだまだアジアの学生たちが日本に学ぶことはたくさんあります。

2時間半の間少しも休むことなく、真剣に語りかける姿勢。溢れんばかりの情熱。インタビューに参加した学生たちもすっかり『スタント・ワールド』に引き込まれた。しかし、今はパワフルなスタント教授も、実は2度に渡って、あまりに閉鎖的な日本の大学組織にひどい仕打ちを受け、そのショックでうつ病になり、インドネシアで静養していた経験もあるのだ。そんな経験をしながらも今は日本で真剣に学生たちに向かい合っている。スタント教授の『一人の学生もあきらめない』という教育姿勢に基づいた魂に訴える教育法『スタント・メソッド』は学生だけではなく、多くの指導者達も感動させ、教育界のみならずビジネスの現場でもその効果が大きな注目を浴びている。たったひとりの元インドネシア私費留学生の『どんな時もあきらめない気持ち』が日本の社会を動かし始めている。 

グローバルコミュニティーでは、今後1年に渡り、『スタントメソッド』によって自分を取り戻し、元々持っている自分の可能性を開花させた人たちの様子を紹介していきます。ご期待ください。 

インタビューした学生たちの感想文 

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(写真右)鈴木詩乃さん(東京農工大学)・・母親との関係に悩んで、精神的に安定していない時期もあり、母を責めることもありました。しかし、今回それはまったくの間違いだとわかり、母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自然と涙が出そうになりました。これは私にとって最も大きい変化です。スタント先生に会ってお話を聞いたことで、ずっと閉ざしていた自分の内面に新鮮な空気が入ってきたようです。酸欠状態だった私の細胞はただ今活動中です。細胞が活動することでエネルギーが得られ、力が湧いてきました。この力を就職活動や英語学習に向けていこうと思います。

(写真中央)新井誠さん(大東文化大)・・今回のインタビューは、終わった後の感想としてお告げを授かったかのような感覚でした。先生のお話の中で「社会が良くなるには馬鹿が必要だ」という言葉が印象に残っています。馬鹿とは愛のある馬鹿、人の為に尽くせる人間の事です。また、世界で活躍される先生のお話から日本はグローバル化を早急に進めないといけないと本気で思いました。今、行なっている通訳ガイドボランティアの活動やグローバルコミュニティの取り組みで、少しでもいいから海外の方に愛されるみんなが仲良く住める日本社会を一緒に作って行きたいと思いました。

(写真左)スチントヤさん(レイクランド大学)・・先生のポジティブな考え方と人に尽くす考え方には頭が下がります。留学生は、日本の社会に対して閉鎖的な面を見がちですが、日本のすばらしい面はもっと見習っていくことが大切だとあらためて感じました。先生のような方が私たちと同じ一私費留学生として日本でアルバイトをしながら、苦学されていたことを思うととても励みになりました。
「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りになったか
面白いように「気」が目覚める9つの方法
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「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか
面白いように「やる気」が目覚める9つの方法 


「負け組み」だと思っていた学生たちが、スタント教授の講義を受けると変わっていく。優良企業の採用担当者や、社長までもが、「おたくの大学生が欲しいのですが」とやってくる。あきらめない教育者の本気の姿勢が学生たちに本当の自分を取り戻させる。どんな状況でも生徒を信じてベストを尽くす魂に訴えるスタント教育法がわかりやすい事例で紹介されている。就職に悩む若者だけではなく、現役の教員の人たちにもぜひ、読んでほしい1冊だ。

《「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか
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