(菅野勝男氏撮影)
Q:先生の子供の頃の様子や日本に来られた経緯をお聞かせください。
A:私は幼いころ両親を亡くし、とても厳しい継母に育てられました。病弱で邪魔者扱いされ家ではいい思い出はありませんでした。家にいるのがいやだったので、朝早く登校し学校の掃除をするようにしました。そのおかげで先生やみんなにも認められるようになったので、もっと認められたいと思い、熱心に勉強しクラスメイトや近所の子供たちにも勉強を教えはじめました。しかし、高校1年になったばかりの1965年、9.30事件反共産党クーデターで、新政府が全国の中国系インドネシア人の学校を閉鎖し、私たちは教育が受けられなくなりました。仕方なく兄の電子機器の販売事業を手伝いながら、自分も修理事業を立ち上げました。そしてその事業が大成功し、兄が裕福な生活を送れるようになったので、経済的な理由から高校や大学に行けなかった私は、もっと勉強したいという気持ちを抑えきれなりました。
エンジニア志望だった私は精巧な電子製品を作る日本に自然と惹かれ、そして、23歳で来日し、26歳の時に一般の年齢より8年遅れではありますが、ついに日本の大学に入学することが出来ました。東京農工大学で、電子工学を専攻し、東京工業大学で博士課程も修了しました。しかし、34歳を過ぎていた私には、日本での就職先はありませんでした。日本で就職する夢を諦められなくて、自分の条件をよりよくするために、もう1つの博士号を必死に挑戦して取得しました。そこで、工学・医学と2つの博士号をとりましたが、それでも日本では認めてられませんでした。日本で14年間がむしゃらに生きてきたのにまさかだめだとは。。。途方にくれていましたが、人生を再出発しようと決心し、日本がだめなら今度はアメリカしかないなあと思い、3人の幼い子供を残し、38歳で全く未知の最もレベルが高いといわれる米国の科学界に挑戦することにしました。「当たって砕けろ」の精神で、もう一度自分の人生を賭けてみることにしました。そして、幸いにも、実力を認めてくれるアメリカの大学が見つかり、念願の教職の仕事を得ることが出来ました。5年ほどアメリカで教鞭をとりましたが、東工大の恩師奥島教授の誘いがあり日本に戻って来ました。
Q:どうしてアメリカから日本に戻ってきたのですか?そして、大学の教育改革に取り組むようになったのはなぜですか?
A:私は日本で鍛えてられて、結果的に4つの博士号を取らせてもらいました。厳しい日本社会で鍛えられたお陰で今の私はあります。素直にその日本に恩返しをしたいと思いました。
しかし、赴任した大学で8割以上の学生が授業を理解していなくてもそのままにされていることに気づき、私の授業を受けている全員のやる気を燃え上がらせて見せようと決心しました。
母国や米国での実体験や日本の社会で否定されても何度も挑戦し続けた自分の体験を語り、彼らを励まし続けました。反面、授業にはとても厳しい姿勢で臨みました。授業はほとんど英語で行い、また英語でのプレゼンも学生に要求しました。はじめは学生たちもパニックを起こしましたが、こちらの真剣な気持ちが伝わると、学生たちも少しずつ努力するようになりました。どんな若者も本人も信じられないほどのすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。それを引き出してあげるのは、教育者の本気の姿勢です。大学では、やる気のある学生だけを相手にすればいいという考えがありますが、私は、誰一人として彼らを見捨てません。また他の先生にも生徒を見捨てないでほしいと思っています。
中国の大学の創立100年での記念講演
Q:子供のころ、愛情に恵まれなかったのに、先生のその限りない生徒への愛情はどこから沸いて来るんですか?
A:私の子供時代はあまりに悲惨すぎて、他人に愛情を求めることが出来ませんでした。ただ、自然の中で遊び、生きていることに感謝するしか自分の存在意義を見出せなかったのです。しかし、子供たちに勉強を教えるうちに人に感謝される喜びを感じるようになりました。愛情は『人に先に与える』ことによって『与えられる』のです。厳しい家庭環境のお陰でそのことに気がつくことが出来ました。そしてその『先に与える愛情』には限りがありません。なぜなら、いつか必ずその気持ちが相手に伝わることを何度も経験して知っているからです。教師として教えた学生が成長していく姿を見ることほど幸せなことはありません。
私は、一人ひとりの学生がそれぞれの物語の主人公だと思っています。自分を好きになって自分らしい人生を送ってほしい。そのためには中途半端はだめです。多くの学生が涙を流すほど私の授業は厳しいので有名ですが、私は一人ひとりの学生に自分の夢を絶対にあきらめさせません。彼らの夢は私の夢でもありますから。
一見やる気のない学生ですら、本来はすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。私たち教育者には、彼らの隠れた本心と真剣に向かい合って、命がけで授業に取り組む姿勢が必要です。そうすれば必ず彼らは、本当の自分を取り戻し、自分自身の夢と向かい合い、自分の物語を作っていくようになります。人に作られたのではないオリジナルの人生を生きるようになります。そしてそれは大きな自信につながり、自分をどんどん好きになり、やがて人にも優しくなります。