すべては、『あきらめない』気持ちから始まった!!

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  • 2017年October23日(Mon) 02:15 JST
国際人

すべては、『あきらめない』気持ちから始まった!!

外薗明博(ほかぞの あきひろ)
高畠町役場商工観光課地域活力創生プロデュ―サー。23歳の時、JICA青年海外協力隊としてアフリカ・ウガンダで2年間日本野球とスポーツ教育の価値を普及する活動を行い、‘日本の素晴らしさと日本人の可能性’を発見。帰国後は8年間、何かを失った青少年や保護者を対象に再生教育に尽力。底辺層を救うため、民間で経営者やトップ層を対象にリーダー教育、企業研修を担う。また、いのちの調律師として、人間が本来持つ感性を呼び覚ます体と心の状態をつくる講演を全国で実施。少子高齢化を生かす革命児。

外薗氏サイト:https://omoikanebooks.wixsite.com/samurai

著:国境を越えたサムライ先生 Kindle版
生徒たちの成長に繋がったこと、それは家族、地域、国、世界のためにという「志」を持つこと。
現在、「サムライ先生」と呼ばれるようになった男は、アフリカでの経験を生かし、日本の子どもたち、教育関係者、子育て中の親たち、そしてビジネスマンへ、志を持つことの大切さ伝えるための活動に奔走している。
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怪我との戦いの野球人生

外薗氏は、豊橋市の少年野球チームのキャプテンでエースとして県大会準優勝、170cm を越える身長で、将来のプロ選手と期待された。しかし、怪我で実力を出せなくなり、努力するも中学、高校では、目立った活躍は出来なかった。
しかし、努力と負けん気で、怪我を克服。高校3年で、念願のマウンドへ返り咲いた。どん底からでも諦めず努力を怠らなかった彼が、マウンドに立つと自然とスタンドから『外薗コール』がおこった。その後、グラウンドの仲間がマウンドに集まり、「ゾノ、おまえの努力を今日までみてきた!お前ならできる!」と激励の言葉に涙。努力が報われた瞬間だった。
そして、大学では現役引退が近づき、多くの部員が就活で部活を辞める中、4年春まで練習を続けた。Bチームのキャプテンになっていた外薗氏が、引退時にスピーチをする機会に恵まれた。
彼は、『野球を始めた理由をよく考えて、初心に戻り、諦めず頑張ってほしい』と後輩たちに告げた。
報われない状況でも努力を怠らないうしろ姿を見ていた、後輩たちからの胴上げて、現役最後の野球生活を終えた。ドラマのような感動的な幕切れだった。
親の期待も受けながら、続けた野球だったが、苦しい中やりきった時に、親への感謝の気持ちが自然と沸いてきて、両親に電話で泣きながら「いままで支えてくれてありがとう、俺のわがままを聞いて、野球をやらせてくれてありがとう。」と気持ちを伝えた。
悔いなく、学生時代の野球人生を終えることができたのは、両親のおかげと心から思えた彼は、次のステージに進む準備が出来ていた。

新しい人生の目標

将来の目標として教師の道を志望していたが、新しいことに挑戦しようとJICA青年海外協力隊員としてウガンダ共和国で野球を教える任務についた。
彼らは野球どころか、集団行動の基本すら身に付いていない。この状況を変えようと日本式のしつけを導入。
「時を守り、場を清め、礼を正す」という学校再建の三原則(森信三氏)を基本に据え、ごみを拾う、時間を守るなど、みんながやるまで、根気よく付き合い、メンバーの気持ちを少しずつ変えていった。
『外薗のいう通りすれば、野球もうまくなり、試合にも勝てる。』
最初はキャッチボールすらまともに出来なかった学生達の練習にも熱が入った。外薗氏から自分を律することを学んだ彼らは、最終的には、そのチームワークでウガンダ全土でも、有力なチームになった。
また、外薗氏は、行政の人たちにも、野球の素晴らしさを知ってもらおうと、ウガンダの教育省とスポーツ省にも提案して、野球を公式の教育プログラムに導入してもらうことにも成功した。

帰国後は、離島の広域制通信制高校、あしなが育英会国際課兼心塾課などで経験を積む。その過程で、実践応用心理学をベースに据えた志ある青少年を育てる志教育プロジェクトの立ち上げ責任者として参画し、同時に外薗氏自身の『志(こころざし)』も定まった。

本物の健康的な生活を提案し、町を活性化する

外薗氏は、公のために役に立ちたいという気持ちがひときわ強い性格だ。
健康な体には、バランスの取れた運動と、普段から摂取する食べ物が大切なのは当然のことだ。
外薗氏は、苦労して習得した自分の心と体をいい状態に保つ『体と心のチューニング法』を使いながら、山形県高畠町で、地域活性化伝道師として活躍している。
高畠町は、有機農法が有名な土地だが、その安全で体にいい有機野菜を使って、海外や都市部の若者向けに、健康的な生活ができる魅了的な町として紹介したいと豊富を語ってくれた。

『どんな状況でも、あきらめずに前向きに進めば、道は開かれる。』とよく言われるが。実際に実行するのは簡単ではない。スポーツ選手のセカンドキャリア、転職を考えている人たちにも勇気付ける存在になりたいという外薗氏。
心と体を真から健康にする、生き方を提案する高畠町での地域活性化プログラムは大変有意義な活動だ。筆者も協力を依頼されたが、すでに現地で活動を開始した外薗氏のこれからの活躍が楽しみだ。(文:グローバルコミュニティー編集長 宮崎計実)

 

 

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