2019/02/24 05:57

イスラエルとパレスチナへの旅 第3回 ジャパン・ミッション。

イベント

イスラエルとパレスチナへの旅 第3回 ジャパン・ミッション。

(11月8日出発 11月18日帰国)

民間人である私たち日本人が両国を訪問して意味があるのか?

 

第3回目のジャパン・ミッションは やはり当初の戸惑いを抱えたまま出発した。シリア情勢の混沌でパレスチナのPalestine Youth & Sports Festival 2013の開催決定も大幅に遅れてしまった。やっと 去年の半分以下の14名で出発。現地合流組と総勢20名。まづ イスラエル外務省訪問。ニシム・ベンシトリットさん(前大使・現極東局長)は、フィリピンの巨大な台風大被害対策で「明日 50人の医者と20人の看護婦を翌日フィリピンに緊急派遣する」でお忙しそうにされていたが、元大使のエリ・コーヘンさんと暖かく私たちを迎えてくれた。日本にも3.11のあと、医師団を緊急派遣してくれ病院まで福島につくってくれ全てを寄贈してくれた。イスラエルは世界中にこのような緊急派遣をする国として有名だ。心から謝意を述べた。

(H.E. Mr. Nissim BEN-SHETRIT H.E.Mr.Eli-Eliyahu Cohen)

 

パレスチナでは 第1回のジャパンミッションから アッバス大統領と会えるという話だったが、海外出張で会えず、第2回は ファイアード首相官邸に招かれた。第3回アッバス議長に暖かく迎えられた。3度目の正直。パレスチナのワリード・シアム大使の計らいだと思う。

現地では すっかり第2回ジャパンミッションで 意気投合させて頂いた「パレスチナオリンピック委員会のジブリル・ラジュブ(Jibril Rajub)会長」に何度も 何度も 様々な行事で 同席させて頂き 大変お世話になった。

 

(H.E Mr.Waleed A. Siam Ambassador of Palestine)

 今回 嬉しかったのは どこへ行っても 私たち一行は、いつの間にかかなり 知られていて 大歓迎されたことだ。 町を歩いていると 写真を一緒に撮らせて欲しいと 次々に親しみを込めた眼差しで写真を撮られた。 

地元パレスチナの新聞のTOP記事に!!!

アラファト議長(Mahmoud Abbas )への慰霊祭では 一番最初のグループとして献花とお祈りをさせて頂き、表彰式では 40本ぐらいの各国国旗の中で私たちの日本国旗が パレスチナ国旗の横に立てられ、アッバス大統領との私たちの面談もアレンジされた。平和の行進。スポーツの祭典では 歓迎に答えたく 思わず、皆で9キロのマラソンを完走してしまった。

 

 

(日本国旗が鳩に!!)

奇跡?も起こった。ベトウィン・スタイルの夜の祭典でのこと。パレスチナの人々と一緒に混ざって踊っていたら、私たちの頭上に、「平和の象徴ハト」が 一瞬 現れた。私が振っていた日本国旗が翻ってハトになったらしい。気を良くした私たちは 「来年も行かねば」となった。

 今年もヨルダンのアンマンに立ち寄り、死海に浮かんで Japan Mission,completed ! と叫んだ。これが無いと収まりがつかない習慣」となった。本当に気持ちが良かった。 

おまけのトルコのトランジットタイム(12時間)を利用してのイスタンブール見学も今年はボスポラス海峡を望んで「人生も捨てたものではないね !」とワインで乾杯。

(文:JAPAN MISSION団長 山元雅信)

 

このツアー実現の元となったパレスチナ・イスラエル大使の対談

 https://www.yokosojapan.net/article.php/peace1213_event_ja

山元雅信氏の各国大使インタビュー動画が日本語と英語で

とってもわかりやすいお話です。お気軽にどうぞ!!

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