2019/11/12 04:47

ネパールでの震災復興イベントが話題に!!  

特集

ネパールでの震災復興イベントが話題に!!

ネパールでも多くのファンを持つ佐野碧(サノ・アオイ)さん

 

ネパールでNGOの活動を続ける母や、大学時代の恩師の先生の影響もあり、表現することを生業にしたいという想いが強くなった学生時代。
ネパールでの震災復興のイベントで、5000人の人たちを集めて話題になり、NHKなどの大手マスコミや現地のメディアでも大きく取り上げられた、歌手の佐野碧さんにお話をお聞きしました。


歌手になったきっかけは?

高校時代から歌手になりたいと思っていましたが、大学時代に会った恩師の影響で、アフリカのタンザニアに行ったことが大きなきっかけだったと思います。
一見、大変そうな生活環境でも、とっても元気に、底抜けに明るく暮らす人たちの様子を見て、先暗示せず、やっぱり、やりたいことがあれば、思い切ってやってみようと決心しました。
思い通りにいかないこともたくさんありますが、私は、本当に歌が好きで、曲を作ったり、歌詞を書いたりするために想いをめぐらすことがたまらなく心地いいです。

将来の仕事に関して、思い悩む若者も多いですが、佐野さんならどんなアドバイスをしますか?

とにかく、興味がわくことを突き詰めてやってみることだと思います。気になることにはどんどんチャレンジして、たくさん失敗してください。笑
それがうまくいっても行かなくても、自分に心地がいいのかどうか、どう感じたのかを大切にしてほしいです。
そうしていくうちに一生懸命になれることが、ようやく好きなことに変わっていく瞬間があると思います。
一生懸命になれることを、とことん続けて行けば何かが見えて来ると思います。

高齢化社会を豊かにする、シニア応援メディア『+LIFE』

この『+Life』という曲はどのようにして作りましたか?
 
元気な高齢者の方々の豊かな人生を楽しもうというメッセージだったので、神社に行ったり、お祭りで見かけた先輩方の姿を見ながら、イメージを膨らましていきました。
とっても好きだった、祖父との思い出も、振り返ることもありましたね。

歌詞の中で、
 
『もう一度、君と歩こう!!』『もう一度、+Life!!』
 
というフレーズがありますが、誰もが歳を重ね、昔は簡単に出来たことも、時間がかかることもあると思います。そんな自分を認められないときがあると思います。
私も同じです。そんな認められない自分を受け入れ、もう一度、いつだってスタートできる!!というメッセージを込めています。
そして、共に歩き、私たちに豊富な経験をたくさん伝えてほしいと思っています。

歌手としての自分を支えているものは何ですか?
 
やはり使命感ですかね!!特に、海外での活動はうまく行かないことの連続ですが、その違う価値観を越え、信じる心が何より大切だと感じました。
同じ震災を経験した私たちだから出来ることとして、ネパール大地震への支援活動がスタートしました。
歌手『佐野碧』として独り立ちするきっかけを作ってくれたのは、まだ電気も通っていない中、ソーラーランタンを持って私の歌に声援を送ってくれた大勢のネパールの方々と応援してくれる日本の方々です。
音楽を通して、文化や国を越えてネパールの方々と日本人の方々との懸け橋になって行きたいですね。
私はそれは天命と思って、これからも継続して、『HIKARI SONG GIFT』のイベントと共に、ネパール、そしてアジア、世界に光を届ける活動を続けていきたいと思います。


(写真 左から2番目が荻野氏、中央、佐野さんのお母さん、右端がスニタさん)


また、『+Life(生命)』は私にとっては、人とのつながりのようにも思います。
楽曲『+Life』が生まれたのは、シニア向け住宅事業を行う㈱イチイの荻野社長が福島出身の方で、仙台出身の私の震災復興活動に興味を持って頂いたことがきっかけです。そこから、ネパール出身の社員のスニタさんにも知り合い、在日ネパール人の学校でのミニコンサートも行いました。ネパールと東北、日本全国の本当にいろんな方々の素晴らしいご縁をいただいて、私もここまで、歌手として活動が継続出来ていると思います。


佐野さんは、小中学校で、野球に熱中し、リトルリーグは、東北選抜に女子初として選ばれ全国大会へ行った。人のやっていないことをやって、ワクワクしたい人の様だ。佐野さんのように、海外の復興イベントから火が付き、日本での歌手活動も好転したという例はまだ少ない。しかし、海外で活動すれば、日本人であることで注目を浴びる可能性が高いのも事実だ。また、日本に住む留学生が歌手として活動するのは、在留資格の問題で難しいが、歌うベトナム人介護士や踊るネパールの料理人が登場してもいいと思う。これから、5年間で、35万人の外国人労働者が日本にやってくる。日本で働いて、新しい人生を切り開く外国人の人たち。日本人もその人たちを暖かく迎え入れ、『+Life』な思考で、一緒に生活を楽しみたいものだ。