2019/07/20 01:17

日本人のルーツを探れ

編集者より
「遺伝子・DNA 3-日本人のルーツを探れー人類の設計図」
「遺伝子・DNA 3-日本人のルーツを探れー人類の設計図」(NHK出版)

国立総合研究大学院大学の宝来博士はミトコンドリアDNAを用いて、日本人のルーツを研究した。宝来博士の結論は次のようだ。
 
その結果は、かなり衝撃的だ。
 
本州の日本人集団では、「日本人固有のDNAタイプ」をもつ割合は、わずか4.8%にすぎない。一方「韓国人タイプ」と「中国人タイプ」をあわせた割合は約50%に達した。「アイヌ人タイプ」と「沖縄の人タイプ」をたした割合は約25%になる。


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 宝来博士は述べる。「本州の日本人集団が、遺伝的にあまり特徴がなく、むしろ大陸中国や韓国の人々の持つ特徴が非常に多く含まれること、つまり多様な大陸系の集団から成り立つことが判明し、決して遺伝的に均一な集団ではないことが改めて確認されたわけです」 このように現代の日本人は決して単一な集団ではなく、中国大陸や朝鮮半島の人々と深いつながりをもっていた。さらにひとつとこれまで思われてきた縄文人や弥生人も多様な集団であったことが、判明してきた。




「日本の歴史00 『日本』とは何か」

「日本の歴史00 『日本』とは何か」網野 善彦著 (講談社)


日本は海に隔離された孤立した島国であるとした古代史、しかし日本は大陸に囲まれた、大陸と行き来する国であったと考えるべきではないか。地図をひっくりかえして眺めてみるとき、我々もハッと事実に気づく。

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『環日本海諸国図(通称:逆さ地図)』


現在「日本海」と呼ばれている「海」はむしろ大きな湖のような「内海」と呼ぶ方が正確であり、弧状の日本列島や南西諸島は、海を通じて大陸や遙か南の島々と結びついていた事が理解される。
この地図を見ると、5万年前から1万2千年前までの最後の氷河期に、海水面が現在より100m前後下がったため、日本列島周辺の海が陸地になり、北海道や本州、四国、九州は一つにつながっていたことが実感できる。九州と朝鮮半島は本当に大陸とわずかな海に隔てられていたのみであり、結氷すればサハリンと大陸とは歩いてわたれる事が、理解できる。

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日本人は海を行き来する海民であった。南からきた民族と北からきた民族、日本は決してひとつではなかった。西国と東国、2つの大きな勢力は長く日本の勢力を分け合っていた。 しかし何よりも我々はもう一度日本とは何かを考え直し、新しい歴史観に立つべきである。『日本の社会が均質である』などというのも、まったく根拠のない思いこみといわなくてはならないのである」

網野は指摘する。「海を通じての東西南北の諸地域との、長年にわたる人とモノの活発な交流を通じて、列島の諸地域にはそれぞれ独自な個性が形成されてきた。とくに列島の東部と西部、フォッサ・マグナの東と西では、社会の質が異なっていると考えられるほどの差異がある。『日本の社会が均質である』などというのも、まったく根拠のない思いこみといわなくてはならないのである」

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網野善彦
アミノ・ヨシヒコ

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歴史家。1928年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。日本常民文化研究所研究員、名古屋大学文学部助教授、神奈川大学短期大学部教授、同大学経済学部特任教授を務めた。専門は日本中世史、日本海民史。著書に『日本中世の非農業民と天皇』(岩波書店)『無縁・公界・楽』(平凡社)『蒙古襲来』(小学館)『日本の歴史をよみなおす 正・続』(筑摩書房)『日本社会の歴史 上・中・下』(岩波新書)『古文書返却の旅』(中公新書)『「日本」とは何か』(講談社)他多数。

中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにし、天皇を頂点とする農耕民の均質な国家とされてきたそれまでの日本像に疑問を投げかけ、日本中世史研究に大きな影響を与えた。また、中世から近世にかけての歴史的な百姓身分に属した者達が、決して農民だけではなく商業や手工業などの多様な生業の従事者であったことを実証したことでも知られている。その学説には批判もあるが、日本史学に民俗学からのアプローチを行い、日本史学に学際的な研究手法を導入した功績は広く認められている。

アナール学派の代表的歴史家であるフェルナン・ブローデルの著作に関わる『海から見た歴史―ブローデル『地中海』を読む』を日本でのアナール学派の紹介者である二宮宏之らと共に著しており、その方法論と学説の形成にアナール学派の影響を見るものがあるが、必ずしもそうではないとされる[1]。

山梨県史研究においては、古代豪族の三枝氏や郡内地方で勢力を持った加藤氏を例示に甲斐源氏や武田氏中心の研究に異論を唱え、武田氏以外の氏族研究の必要性を提唱した。また、鎌倉時代中期には二階堂氏が甲斐守護であった可能性を示唆し、従来の武田氏評価に再検討を試みている。

また、フィクション作品が中心ではあるが時代小説分野にも影響を及ぼし、隆慶一郎などがキャラクター造形などで網野の学説を幅広く取り入れた創作を行っている。

2007年5月より、『網野善彦著作集』全18巻別巻1冊が岩波書店から刊行開始。