2019/02/19 06:08

移民国家 オーストラリアからのレポート

編集者より
人種差別に対する議論のあり方 --多文化社会の光と影--

2月までグローバルコミュニティーの留学生インターンとして、変革の時代の日本を
生で体験したジャーナリズム専攻のランスさん(モナッシュ大学)からのリポートです。

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最近オーストラリアでは、インド人留学生への暴力事件や、留学生向けの永住権取得を謳った専門学校の乱立、生徒と学校間での数々のトラブルが物議をかもし、留学生に対する扱いに関して激しい論争を巻き起こしている。密入国者の増加に対する、オーストリラリア政府の矛盾的な言行と相俟って、オーストラリアの人種差別に関する依然として感情的な議論がまた浮かび上がっている。

このような問題は多民族・多文化社会による多くの利点と共に常につきまとい、不可避であると言えるだろう。事実、どの国でも人種差別が存在し、それに伴う緊張感が一時的に高まる時もある。しかし、単一民族社会と比べオーストラリアのような多民族社会では、このような問題が発生する度に、両側の声や熱が上がり、社会問題としてはより顕著となっている。

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この記事では、最近のオーストラリアで何がこのような問題を引き起こしているかについては討論しない。もしどの社会においても人種差別の存在が不可避であるのならば、前述のような異民族間での摩擦による問題が起こった際に、社会として一体どのように討議を行うべきかということについて考えみたい。


ここでまず挙げる重要なことは、冷静かつ合理的に考え話し合うことである。通常人々は人種差別のような社会問題に対して強固な意見を持ち、自分の感情で判断力を鈍らせがちだろう。しかし、建設的な討論を行うには反対側の意見や議論を存分に、かつ論理的に勘案することが求められる。そうしなければ、議論は幼稚なレベルまで低下し、一つの成果も収められなくなってしまうであろう。

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多くの場合、自分の意見が正しいと思ったら、反対側の意見に一切耳を傾けることなく、自分の信念を固守しまいがちである。最近のオーストラリアの留学生を巡る問題に対する議論では、双方が中立性や合理性を欠き、自分の議論ばかりを主張することが多く、それでは最終的な解決策は出て来ない。

この先日本でも、多文化・多民族社会になるにつれて、同じような問題が起きることが予想される。そのような問題と向き合う際、一民主主義国家として前述のような包括かつ協力的な討論を行ってもらいたい。