2019/06/20 06:02

こんな日本人が増えればいいのですが 永生病院 宮澤相談役

国際人
アジアの看護師・介護士をサポートする元看護部長、永生病院 宮澤美代子氏、看護や介護の仕事には国境はない。言葉のハンディを乗り越え頑張る彼らを育てるのは私たちの使命だ。

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永生病院が最初に外国人のヘルパー実習生を試験的に受け入れたのは2004年。当時は、患者さんの命を預かる大切な仕事なので、言葉も不充分な人たちに務まるのか疑問に思った。しかし、彼らは日本語は流暢ではないが彼らの明るい性格や、じっくり話を聞くやさしさが、患者さんからも病院のスタッフからもとても評判がよかった。病院側もそれ以降、本格的に外国人看護師、介護士の受入に真剣に取り組むようになった。

EPAの制度によってインドネシアからの看護師の受入も始まり、今では、フィリピン、中国、インドネシアの看護師、介護士が働く。多くは看護助手として働きながら日本の資格取得をめざして勉強中だ。外国人のスタッフは患者の人たちにも暖かく迎え入れられている。日本の戦争時代を生きた多くの高齢者は、日本人で看護師を目指す人たちが不足している中、異国から来て頑張る彼らの姿にエールを送る人たちも多い。彼らの存在は、日本人スタッフへも大きな刺激になっているという。また、これを機に50万人以上いるといわれる現在は仕事についていない日本人有資格者の復職が進むことも期待されている。

しかし、まだまだ外国人スタッフを受け入れる現場への負担は非常に大きい。
いくら海外で実務経験があっても、日本で看護婦として働くには、日本の国家試験に合格する必要があるからだ。3年以内に日本人と同じ条件で合格しなければいけないのは、本人にも受け入れ側の病院にも大きな負担である。普段の業務で必要な日本語の会話能力は働きながら身につくが、国家試験に合格するレベルの日本語を、3,4年で身に付けるのはほぼ不可能に近い。また、宮澤さんへの問い合わせの多い看護師、介護士不足で困っている医療機関では、外国人スタッフを受け入れるのは経済的、人的な負担があまりにも大きい。

宮澤さんの意見では、一定期限で評価をして日本で看護助手として働ける年数を延長する、また国家試験でも日本語の文法能力が原因で合格できない場合が多いので、試験問題に振りガナを付ける、辞書や参考書の持込を特別に許可するなどの配慮も検討すべきだという。今のままの制度では漢字がわかる、漢字圏の人でないと実際の試験に合格するのは難しい。当然のことであろう。

少子化の問題はそんなに簡単に解決できるものではないし、このままいけば、2050年には成人1人で1,3人の高齢者を支える計算になり、医療分野に限らず外国人の受け入れを真剣に考えないと今のままでは財政的に不可能な数字である。国民の健康な生活に関わるこの大きな問題は、国家が早急に真剣に取り組む最重要課題であろう。

幸いに医療の現場では、外国人スタッフは同僚からも、患者からも多いに期待されている。経済な問題、受入れ側の人的な問題さえクリアされれば受け入れたい医療機関は後を絶たないという。
文化を超えて心と心が通じ合う医療の現場では、病院側も日本人のスタッフも、また患者の間でも、一日も早い『開国』が待ち望まれている。



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永生病院で業務に就く中国・インドネシア・フィリピンの人たち





永生病院 相談役・ 看護・介護採用担当部長 宮澤美代子氏プロフィール

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長崎より看護の道をめざし上京。産婦人科医院の寄宿舎に住み込み、看護助手として夜勤もこなしながら、定時制高校に通い2年間かけて准看護婦の資格を取得。とにかく忙しかったが、新しい命の誕生に携わる仕事に誇りを持っていた。22歳で結婚、3人の子を育てながら仕事と通学をこなし3年で正看護婦の資格を取得、1990年から永生病院に勤務。2003年に430人の看護師らを束ねる看護部長に就き、翌年から外国人研修生らと接してきた。言葉のハンディを乗り越え、仕事に向き合う姿に感銘を受け、外国人看護師・介護士たちのアドバイザー役を引き受ける。また最近は急増する医療機関からの相談や講演依頼、報道機関の取材対応と、外国人医療人材の受入れに関して現場から発信する第一人者のひとりだ。