2019/04/24 17:39

異文化交流の決め手は言葉

国際人
言葉そのものが文化の結晶であり、文化を紐解くカギであるからです。
言葉の大切さは同じ文化圏に住んでいる人々の間でも常に語られてきました。

「言葉に救われる」、「言葉には魂がある」、「忘れられない言葉」……日々感じているところではないでしょうか。これは、異文化交流においてもまったく同様。いや、もっと大事なのかも知れません。言葉そのものが文化の結晶であり、文化を紐解くカギであるからです。

外国人が最も錯覚する日本語の一つに「結構です」或いは「いいです」があります。レストランでの食事の最後に、「デザートはいかがですか」と聞かれ、「結構です」と断る。新米の外国人ウィトレスなら注文だと理解するに違いありません。

もっと明確に「要りません」と言えばいいのに…と思うかもしれませんが、この一言にも日本文化の一面が凝縮されています。つまり、人がせっかく勧めてくれるものを「要りません」のような冷たい言葉で、っきりと断るのは失礼だという考え方なのです。断るのは申し訳ないので、できるだけオブラードに、やんわりと、表現しようという気持ちから、今は十分だという状態を伝える意味で「結構です」と表現しています。まさに遠まわしな表現、婉曲表現ですね。

もちろん、だれもが毎回そんな気持ちでこの言葉を使っているわけではありません。長い間、そうした他人への気遣いの文化が培われてきて様々な言葉として定着しているわけで、今はたんなる断るときの表現として「結構です」と言っているのかも知れません。これも一種の日本文化の結晶だと言えるでしょう。

このように、言葉の深みを掘り下げていくと、そこに息づいている文化を感じ取ることができる。そういう意味で、言葉は異文化を紐解くカギだと思うのです。

相手の言葉を学ぶ時、「ややこしい~」とか、「おかしい~」を連呼するのではなく、「なぜこういう言葉や表現があるんだろう?」と首を傾げながら進めて行くと、きっと、頭も心も豊かになっていくはずです。

ただ文法的に機械的に習うのではなく、そこに秘められている文化を理解しながら言葉を身に付けて行く、それで初めて、真の異文化交流が図れると信じています。

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張景子さんプロフィール・・北京外国語大学 日本語・日本文学学科卒業・
元中国国際放送局(北京放送)アナウンサー 
東京大学 大学院修士学位取得・博士課程修了
JCKフレンズ(日中韓関連事業)代表  立教大学 兼任講師
日中・日韓・日中韓3国の政府間交渉・民間交渉の遂次・同時通訳
NHKの中国語翻訳・ナレーション業務
東アジア評論家として「TVタックル」「太田総理」等の番組に出演