2019/04/19 03:41

多文化時代の『住まい』について NO2

みんなの生活
都市プランナーとして長年、国や自治体等の調査研究や計画策定に携わる中、新宿区大久保で1990年より建築やまちづくり関連の仲間と外国人の住宅問題に関する調査を開始。まだ多文化共生という言葉もない時代だった。

当時は、外国人が増えてきていて、特に言葉に不自由な学生はコミュニケーションが隣人とうまく取れず、日本の共同住宅の決まりがわからず、トラブルが多発した。
それにより、外国人の入居を避ける大家さんが大半を占めていた。その為、不動産業者の9割が外国人の入居斡旋を断っていたという。』 多文化時代の『住まい』について NO1より
法政大学大学院工学研究科修了後、㈱市浦都市開発建築コンサルタンツ、(有)ジオ・プランニングを経て、現在、(有)ラディアン・ワークス代表。工学博士。法政大学大学院工学研究科兼任講師。特定非営利活動法人かながわ外国人すまいサポートセンター理事。
主な著書に『オオクボ 都市の力〜多文化空間のダイナミズム〜』(学芸出版社)、共著に『外国人居住と変貌する街』(学芸出版社)、『「移民国家日本」と多文化共生論-多文化都市・新宿の深層』(明石書店)、『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版社)
しかし、調査を開始してから10年が経ち、大久保の街は外国人の単なる住宅地から
一大ビジネス拠点に変貌を遂げていた。大久保の外国人は職住近接の住まい方をしている。
すでに住民の半数近くが外国人のエリアも出てきた。あれだけ、外国人を拒んでいた不動産会社にも『外国人歓迎』の看板も珍しくなくなった。10年ぶりに大久保の街の外国人の住まいについて徹底した再調査を行った。その結果わかったことは、この10年間で外国人の生活スタイルが日本人と変わらなくなり、彼らの異質性が薄れていること。そして、学生中心から就労者が中心のコミュニティーになっていた。


不動産会社の『外国人受け入れ』の変化の背景には、バブル経済破綻の影響もある。貸し手市場から借りて市場に変わっており、外国人に部屋を貸さないと空室が埋まらないという現実があったのだ。
家主も10年前と比べると外国人の人たちとの付き合いにも慣れてきて、トラブルを未然に防ぐノウハウを身に付けていた。たとえば、家賃は振込みにせず外国人に持参してもらうことにで、入居者の入れ替わりが無いかどうか顔を見て確認していた。また日ごろから言葉を交し合うことで、例えば友人と同居したいとかという場合には、気軽に相談に来られるような関係つくりを心がけていた。あれだけ問題になっていたゴミや滞納の件についても、『もし問題があれば注意すればいいから』という答えが多く、逆に日本人の方が問題が多いという家主も多かった。

入居者の多くが日本人から外国人に代わり家主たちも経営努力と経営ノウハウを
習得し、さらに価値観の違う外国人と対等に渡り合っていくために、家主自らが
価値観や考え方を柔軟にして対応していくという意識改革をしていったのは
非常に大きな変化だといえるだろう。

オオクボには自らの『夢』や『未来』を信じて、生きようとしている人々がいる。人々の営みから生まれるエネルギーが充満している。地域が予期せぬ『多様性』や『関係性』に直面し、『受容』し『変容』していくことを迫られる中で、新たなビジネスチャンスを見出そうとする地元商店街の経営者、このまちで育つ子供たちのなかから本物の国際人が育つに違いないと期待する保護者や教師たち、国際化する日本社会のなかでオオクボこそ21世紀のモデルになれるのではないかと
語る人たちがいるまち、これこそが現在のオオクボを生み出している原動力であろう。


東京の新しい魅力を紹介する本 

稲葉佳子著「オオクボ 都市の力~多文化空間のダイナミズム」
(学芸出版社 2008年10月発刊)

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なぜ大久保では、ダイナミックな変化が起こりえたのか。『外国人にやさしい街大久保』なぜ地元の人々は、外国人をここまで受容することができるのか。長年の調査や研究に基づき、新宿区大久保における都市受容のダイナミズムを描き出す。
オオクボから未来の日本の『都市』や『住まい』を考えてみよう。



「まち居住研究会」のHP http://www.emachiken.net/

稲葉佳子著「オオクボ 都市の力~多文化空間のダイナミズム」

http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1249-1.htm
都市プランナーとして長年、国や自治体等の調査研究や計画策定に携わる中、新宿区大久保で1990年より建築やまちづくり関連の仲間と外国人の住宅問題に関する調査を開始。まだ多文化共生という言葉もない時代だった。

当時は、外国人が増えてきていて、特に言葉に不自由な学生はコミュニケーションが隣人とうまく取れず、日本の共同住宅の決まりがわからず、トラブルが多発した。
それにより、外国人の入居を避ける大家さんが大半を占めていた。その為、不動産業者の9割が外国人の入居斡旋を断っていたという。』 多文化時代の『住まい』について NO1より
法政大学大学院工学研究科修了後、㈱市浦都市開発建築コンサルタンツ、(有)ジオ・プランニングを経て、現在、(有)ラディアン・ワークス代表。工学博士。法政大学大学院工学研究科兼任講師。特定非営利活動法人かながわ外国人すまいサポートセンター理事。
主な著書に『オオクボ 都市の力〜多文化空間のダイナミズム〜』(学芸出版社)、共著に『外国人居住と変貌する街』(学芸出版社)、『「移民国家日本」と多文化共生論-多文化都市・新宿の深層』(明石書店)、『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版社)
しかし、調査を開始してから10年が経ち、大久保の街は外国人の単なる住宅地から
一大ビジネス拠点に変貌を遂げていた。大久保の外国人は職住近接の住まい方をしている。
すでに住民の半数近くが外国人のエリアも出てきた。あれだけ、外国人を拒んでいた不動産会社にも『外国人歓迎』の看板も珍しくなくなった。10年ぶりに大久保の街の外国人の住まいについて徹底した再調査を行った。その結果わかったことは、この10年間で外国人の生活スタイルが日本人と変わらなくなり、彼らの異質性が薄れていること。そして、学生中心から就労者が中心のコミュニティーになっていた。


不動産会社の『外国人受け入れ』の変化の背景には、バブル経済破綻の影響もある。貸し手市場から借りて市場に変わっており、外国人に部屋を貸さないと空室が埋まらないという現実があったのだ。
家主も10年前と比べると外国人の人たちとの付き合いにも慣れてきて、トラブルを未然に防ぐノウハウを身に付けていた。たとえば、家賃は振込みにせず外国人に持参してもらうことにで、入居者の入れ替わりが無いかどうか顔を見て確認していた。また日ごろから言葉を交し合うことで、例えば友人と同居したいとかという場合には、気軽に相談に来られるような関係つくりを心がけていた。あれだけ問題になっていたゴミや滞納の件についても、『もし問題があれば注意すればいいから』という答えが多く、逆に日本人の方が問題が多いという家主も多かった。

入居者の多くが日本人から外国人に代わり家主たちも経営努力と経営ノウハウを
習得し、さらに価値観の違う外国人と対等に渡り合っていくために、家主自らが
価値観や考え方を柔軟にして対応していくという意識改革をしていったのは
非常に大きな変化だといえるだろう。

オオクボには自らの『夢』や『未来』を信じて、生きようとしている人々がいる。人々の営みから生まれるエネルギーが充満している。地域が予期せぬ『多様性』や『関係性』に直面し、『受容』し『変容』していくことを迫られる中で、新たなビジネスチャンスを見出そうとする地元商店街の経営者、このまちで育つ子供たちのなかから本物の国際人が育つに違いないと期待する保護者や教師たち、国際化する日本社会のなかでオオクボこそ21世紀のモデルになれるのではないかと
語る人たちがいるまち、これこそが現在のオオクボを生み出している原動力であろう。


東京の新しい魅力を紹介する本 

稲葉佳子著「オオクボ 都市の力~多文化空間のダイナミズム」
(学芸出版社 2008年10月発刊)

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なぜ大久保では、ダイナミックな変化が起こりえたのか。『外国人にやさしい街大久保』なぜ地元の人々は、外国人をここまで受容することができるのか。長年の調査や研究に基づき、新宿区大久保における都市受容のダイナミズムを描き出す。
オオクボから未来の日本の『都市』や『住まい』を考えてみよう。



「まち居住研究会」のHP http://www.emachiken.net/

稲葉佳子著「オオクボ 都市の力~多文化空間のダイナミズム」

http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1249-1.htm