2019/03/21 17:17

舞の海秀平氏のインタビュー

特集
やりたいことに挑戦できる喜び。
相撲界に入るキッカケとなったのは友人の死、だと彼は語る。
訪問先:舞の海秀平氏
訪問者:シェークスピアさん
舞の海さんに相撲や日本の文化についてブルネイの留学生シェークスピアさんが聞きました。
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穏やかにお話してくださった舞の海氏
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シェークスピア:最初は教師を目指していたようですが、おすもうさんになった理由は何ですか?

舞の海氏:実は大学時代にいっしょにすもうをやっていた仲間が急死したことが非常にショックでした。亡くなった友人はとっても健康で、彼も相撲の世界に挑戦しようと思っていました。彼の死で私もやりたい事をやろうという気持ちが大きくなってきました。先生になって安定した生活も考えてはいましたが、人間いつ死ぬかもしれないと想い、友人の為にも相撲の世界に挑戦することを決心しました。大切なのは自分自身で決心することだと思います。


シェークスピア:おすもうさんとして小柄なことなどいろいろなハンディがありながら、どのような気持ちで克服されましたか?

舞の海氏:身長が足りなくても何とかする方法はないかと考えると何とかなるもんだと思います。そのことについてはよくいわれますが、考え方の問題だと思います。大きな力士ももちろん怖いこともありますが、どんなに大きい人でも同じ人間ですから、勝つ方法はあると思います。怖いという気持ち以上に相手を倒すんだという気持ちが強かったですね。


シェークスピア:おすもうさんはどうして、ちょんまげやまわしをするのか?
舞の海氏:すもうは日本で一番歴史のある古い武道のひとつです。1400年ぐらい前からあり、最初はハッキリとしたルールもなかったのですが、そのうち土俵が出来て、今のような形になってきました。現在はすもうをスポーツとしてとらえがちですが、すもうは伝統文化のひとつです。しきたりも変わっていて、すもうでは、勝っても喜びをあまり表現しません。負けた人に対する思いやりや感謝の気持ちを示すことが重要なので、勝負がついた時は静かに'礼’をします。戦っている時は、相手を殺すぐらいの力でぶつかり合いますが勝負がつけば、勝ってもいばらず、負けてもひがまずお互いを尊敬します。これが相撲のすばらしい伝統です。
シェークスピア:タレントをしていて思い出に残っていることは何ですか?

舞の海氏:ブータンという国の高度2000Mのところですもうを子供たちに教えたのですが、高山病になってしまってあの時はつらかったですね。しかし、電気もラジオもなく、みんなでお米や野菜を作って生活をしているのですが、人の心は純粋でとっても豊かでした。そんな人たちといると心が洗われるようで幸せな気持ちになりました。


シェークスピア:留学生へのメッセージをいただけますでしょうか?

舞の海氏:強い意志を持って最初に志した目標を達成してほしいですね。また、色々な人と交流して日本の文化を学びながら、自分の国の文化についてもより深く理解することが出来ると思います。


シェークスピア:最後に座右の銘を聞かせてください。

舞の海氏::『受けて忘れず、施して語らず』人にお世話になったことは忘れず、人にしてあげたことは語らないという意味です。
夢に向かって頑張って下さい。

シェークスピア:今日はどうもありがとうございました。




舞の海秀平氏

日本大学 経済学部卒業。大学卒業後は山形県の高校教師に内定していたが、夢であった相撲取りへの道をかなえるため、周囲の反対を押し切りプロ入りを決意。新弟子検査基準(当時)の身長に足りなかったが、頭にシリコンを入れ新弟子検査に合格。1990年5月、大相撲 出羽海部屋に入門。同月、初土俵(幕下付出し)を踏む。1991年3月、十両(四股名:舞の海)に昇進し、同年9月幕内入りを果たす。角界最小の身体ながら、「猫だまし」、「八艘飛び」などファンを驚かせる数々の技をくりだし、"技のデパート"の異名をとる。1999年11月の引退までに、技能賞を5回受賞するなどの活躍をする。現在、アパマンショップなどのCMキャラクター、NHK大相撲解説者などをつとめる。