2019/07/20 02:06

理解」と「認知」の違いについて 東條英利氏連載コラム  NO.9

国際人

 

理解」と「認知」の違いについて

 

東條英利氏連載コラム  NO.9

 

最近、思うことに安易に物事の本質を捉え過ぎるということがあるように思います。いわゆる、「理解」と「認知」の差。実は、多くの方が思われる「理解」は、単なる「認知」で終わっていることが多々あります。「理解」とは読んで字の如く、「理(ことわり)を解する」という意味で、それは、その本質的仕組みが分かっている時に使われます。対して、「認知」とは、「その存在を認める」という意味で、表面上分かっていると時に使われます。実は、こうした物事の捉え方ひとつみても、その意味は大きく異なってくるのです。

 

以前、 NPO 法人武士道協会の事務局の方とお話をした時にも同様のことを感じました。「武士道」と聞くと、多くの方が決まって、「戦う」イメージを連想すると思います。しかし、実際のところ、「武士道」とは何かと尋ねると、その答えは、「武士道」の「武」とは、本来、「戈(ほこ)」を「止める」と書いて「武」と言います。つまり、刀を抜くのではなく、抜かずとも相手を制するその心の有り様を説いているというんですね。それが「武士道」ということで、その本質は、道徳的な考え方のひとつであるようです。多分、意外に思われる方も多いかもしれません。

 

そう考えた時、「神道」とは何かと言うと、決まって「宗教」という一言で片付けられる方がいます。確かに、宗教法人格を有するという点では、その通りなのですが、それでは、「宗教」とは尋ねてみると、その答えは意外に出て来ないものです。何故なら、「宗教」とは、これも読んで字の如く、「尊い教え」という意味になるからです。しかし、神道には、教典も特定の教えも基本ありません。だから、実はこれは的を得た表現にはならないのです。神社を宗教法人と言うことは出来ても、宗教にはならない。ある種、矛盾を感じるところではありますが、それは、その歴史をみていけば分かることですが、ここではその内容を割愛させて頂きます。とにかく、物事の道理は意外に奥が深いものなんですね。そこに意識が至るか至らないかは、まさに、私たち一人一人の意識の問題でもあるんです。皆さんは、簡単に理解していませんか?

 
 
 
 
 インターネット番組、「世界最古の国、日本!!」とは『あっとおどろく放送局』というインターネット放送局の番組で、東條英利さんもパーソナリティーを勤めています。古事記編さん 1300 年が話題となっている昨今、世界に誇れる日本の歴史・文化・伝統・ものづくりなどを話題に、 6 人の賢者と各分野の専門家をゲストに迎え、「実はこうだった」「実はこうなっている」「実はこう変わる」などの目からうろこな真実に踏み込んでいきます。
 
 
 

(神社人運営者 株式会社カルチャージ代表 東條英利 )


東條英利氏・・1972年生まれ埼玉県出身、株式會社カルチャージ代表取締役。東條英機の直系曾孫にて、第18代目当主。日本独自の社会公益事業モデルを 模索し、神社並びに神道の存在に着目。神社を通じたカルチャー・ツーリズムを提唱し、新たな地域コミュニティと文化エンターテイメントの再生を目指してい る。

 

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