私はあなたをあきらめない

  • 2017/04/11 14:37
特集
自分自身の可能性に目覚めさせる『スタント・メソッド』で世界の若者を救う
 


マハテール元マレーシア首相とも一緒に講演



現地のマスコミでも大きな反響が。。
母国インドネシア・シンガポール・マレーシア、中国の政府や関係機関からも熱烈なラブコールを受け、それぞれの国で講演。スタント教授の教育にかける熱い思いは各国の悩める若者たちを奮い立たせた。その様子は、現地のマスメディアでも大きく取り上げられている。久しぶりに日本に帰ってこられたスタント教授に3人の学生がお話を聞いた。


(菅野勝男氏撮影)

Q:先生の子供の頃の様子や日本に来られた経緯をお聞かせください。

A:私は幼いころ両親を亡くし、とても厳しい継母に育てられました。病弱で邪魔者扱いされ家ではいい思い出はありませんでした。家にいるのがいやだったので、朝早く登校し学校の掃除をするようにしました。そのおかげで先生やみんなにも認められるようになったので、もっと認められたいと思い、熱心に勉強しクラスメイトや近所の子供たちにも勉強を教えはじめました。しかし、高校1年になったばかりの1965年、9.30事件反共産党クーデターで、新政府が全国の中国系インドネシア人の学校を閉鎖し、私たちは教育が受けられなくなりました。仕方なく兄の電子機器の販売事業を手伝いながら、自分も修理事業を立ち上げました。そしてその事業が大成功し、兄が裕福な生活を送れるようになったので、経済的な理由から高校や大学に行けなかった私は、もっと勉強したいという気持ちを抑えきれなりました。

エンジニア志望だった私は精巧な電子製品を作る日本に自然と惹かれ、そして、23歳で来日し、26歳の時に一般の年齢より8年遅れではありますが、ついに日本の大学に入学することが出来ました。東京農工大学で、電子工学を専攻し、東京工業大学で博士課程も修了しました。しかし、34歳を過ぎていた私には、日本での就職先はありませんでした。日本で就職する夢を諦められなくて、自分の条件をよりよくするために、もう1つの博士号を必死に挑戦して取得しました。そこで、工学・医学と2つの博士号をとりましたが、それでも日本では認めてられませんでした。日本で14年間がむしゃらに生きてきたのにまさかだめだとは。。。途方にくれていましたが、人生を再出発しようと決心し、日本がだめなら今度はアメリカしかないなあと思い、3人の幼い子供を残し、38歳で全く未知の最もレベルが高いといわれる米国の科学界に挑戦することにしました。「当たって砕けろ」の精神で、もう一度自分の人生を賭けてみることにしました。そして、幸いにも、実力を認めてくれるアメリカの大学が見つかり、念願の教職の仕事を得ることが出来ました。5年ほどアメリカで教鞭をとりましたが、東工大の恩師奥島教授の誘いがあり日本に戻って来ました。 


Q:どうしてアメリカから日本に戻ってきたのですか?そして、大学の教育改革に取り組むようになったのはなぜですか? 

A:私は日本で鍛えてられて、結果的に4つの博士号を取らせてもらいました。厳しい日本社会で鍛えられたお陰で今の私はあります。素直にその日本に恩返しをしたいと思いました。
しかし、赴任した大学で8割以上の学生が授業を理解していなくてもそのままにされていることに気づき、私の授業を受けている全員のやる気を燃え上がらせて見せようと決心しました。
母国や米国での実体験や日本の社会で否定されても何度も挑戦し続けた自分の体験を語り、彼らを励まし続けました。反面、授業にはとても厳しい姿勢で臨みました。授業はほとんど英語で行い、また英語でのプレゼンも学生に要求しました。はじめは学生たちもパニックを起こしましたが、こちらの真剣な気持ちが伝わると、学生たちも少しずつ努力するようになりました。どんな若者も本人も信じられないほどのすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。それを引き出してあげるのは、教育者の本気の姿勢です。大学では、やる気のある学生だけを相手にすればいいという考えがありますが、私は、誰一人として彼らを見捨てません。また他の先生にも生徒を見捨てないでほしいと思っています。



中国の大学の創立100年での記念講演

Q:子供のころ、愛情に恵まれなかったのに、先生のその限りない生徒への愛情はどこから沸いて来るんですか? 

A:私の子供時代はあまりに悲惨すぎて、他人に愛情を求めることが出来ませんでした。ただ、自然の中で遊び、生きていることに感謝するしか自分の存在意義を見出せなかったのです。しかし、子供たちに勉強を教えるうちに人に感謝される喜びを感じるようになりました。愛情は『人に先に与える』ことによって『与えられる』のです。厳しい家庭環境のお陰でそのことに気がつくことが出来ました。そしてその『先に与える愛情』には限りがありません。なぜなら、いつか必ずその気持ちが相手に伝わることを何度も経験して知っているからです。教師として教えた学生が成長していく姿を見ることほど幸せなことはありません。
私は、一人ひとりの学生がそれぞれの物語の主人公だと思っています。自分を好きになって自分らしい人生を送ってほしい。そのためには中途半端はだめです。多くの学生が涙を流すほど私の授業は厳しいので有名ですが、私は一人ひとりの学生に自分の夢を絶対にあきらめさせません。彼らの夢は私の夢でもありますから。
一見やる気のない学生ですら、本来はすばらしい可能性(=潜在能力)を秘めています。私たち教育者には、彼らの隠れた本心と真剣に向かい合って、命がけで授業に取り組む姿勢が必要です。そうすれば必ず彼らは、本当の自分を取り戻し、自分自身の夢と向かい合い、自分の物語を作っていくようになります。人に作られたのではないオリジナルの人生を生きるようになります。そしてそれは大きな自信につながり、自分をどんどん好きになり、やがて人にも優しくなります。
 
カワン・スタント氏 早稲田大学臨床教育学研究所所長
カワン・スタント氏:早稲田大学国際教養学術院教授早稲田大学臨床教育科学研究所所長1951年インドネシア・スラバヤ生まれ、74年に来日し、エレクトロニクス技術を学ぶ。77年に東京農工大学の電子工学科へ入学。卒業後、東京工業大学、東北大学など4つの大学で「工学」「医学」「薬学」「教育学」の博士号を取得。88年、米デュレクセル大学工学部準教授、90年、トーマス・ジェファーソン医科大学医学部準教授を兼務、93年に再来日。桐蔭横浜大学工学部教授に就任し、「学生のやる気を引き出す」教育法を確立。2003年より現職。経済産業省産業構造審議会21世紀経済産業政策検討小委員会委員を歴任、米国超音波医学会、米国音響学会、日本音響学会、日本超音波医学会などでも受賞歴あり。著書 『「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか』(三笠書房)が、大きな話題に。
アジアの先進国としての大人の対応が必要


Q:日本に住む外国人が220万を超えましたが、今後日本の社会はどのように対応していけばいいと思いますか? 


A:日本はもっと留学生を大切にする必要があると思います。多くのアジアの学生たちは、アルバイトをしながらも本当によく勉強しています。日本の将来のためにも、彼らを暖かく迎えてあげる大人の対応が、アジアの先進国、日本社会には必要だと思います。アメリカの大学で5年ほど教鞭をとりましたが、いろいろな国の人たちを受け入れる寛容性がアメリカの人気の秘密ですね。一方、日本で学ぶ留学生は、日本のすばらしいところをもっと積極的に学ぶべきです。たとえば、日本ほどごみのポイ捨ての少ない国はありませんし、公衆道徳の面でまだまだアジアの学生たちが日本に学ぶことはたくさんあります。

2時間半の間少しも休むことなく、真剣に語りかける姿勢。溢れんばかりの情熱。インタビューに参加した学生たちもすっかり『スタント・ワールド』に引き込まれた。しかし、今はパワフルなスタント教授も、実は2度に渡って、あまりに閉鎖的な日本の大学組織にひどい仕打ちを受け、そのショックでうつ病になり、インドネシアで静養していた経験もあるのだ。そんな経験をしながらも今は日本で真剣に学生たちに向かい合っている。スタント教授の『一人の学生もあきらめない』という教育姿勢に基づいた魂に訴える教育法『スタント・メソッド』は学生だけではなく、多くの指導者達も感動させ、教育界のみならずビジネスの現場でもその効果が大きな注目を浴びている。たったひとりの元インドネシア私費留学生の『どんな時もあきらめない気持ち』が日本の社会を動かし始めている。 

グローバルコミュニティーでは、今後1年に渡り、『スタントメソッド』によって自分を取り戻し、元々持っている自分の可能性を開花させた人たちの様子を紹介していきます。ご期待ください。 

インタビューした学生たちの感想文 




(写真右)鈴木詩乃さん(東京農工大学)・・母親との関係に悩んで、精神的に安定していない時期もあり、母を責めることもありました。しかし、今回それはまったくの間違いだとわかり、母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自然と涙が出そうになりました。これは私にとって最も大きい変化です。スタント先生に会ってお話を聞いたことで、ずっと閉ざしていた自分の内面に新鮮な空気が入ってきたようです。酸欠状態だった私の細胞はただ今活動中です。細胞が活動することでエネルギーが得られ、力が湧いてきました。この力を就職活動や英語学習に向けていこうと思います。

(写真中央)新井誠さん(大東文化大)・・今回のインタビューは、終わった後の感想としてお告げを授かったかのような感覚でした。先生のお話の中で「社会が良くなるには馬鹿が必要だ」という言葉が印象に残っています。馬鹿とは愛のある馬鹿、人の為に尽くせる人間の事です。また、世界で活躍される先生のお話から日本はグローバル化を早急に進めないといけないと本気で思いました。今、行なっている通訳ガイドボランティアの活動やグローバルコミュニティの取り組みで、少しでもいいから海外の方に愛されるみんなが仲良く住める日本社会を一緒に作って行きたいと思いました。

(写真左)スチントヤさん(レイクランド大学)・・先生のポジティブな考え方と人に尽くす考え方には頭が下がります。留学生は、日本の社会に対して閉鎖的な面を見がちですが、日本のすばらしい面はもっと見習っていくことが大切だとあらためて感じました。先生のような方が私たちと同じ一私費留学生として日本でアルバイトをしながら、苦学されていたことを思うととても励みになりました。
 
 
 
 
 
「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか
面白いように「やる気」が目覚める9つの方法 


「負け組み」だと思っていた学生たちが、スタント教授の講義を受けると変わっていく。優良企業の採用担当者や、社長までもが、「おたくの大学生が欲しいのですが」とやってくる。あきらめない教育者の本気の姿勢が学生たちに本当の自分を取り戻させる。どんな状況でも生徒を信じてベストを尽くす魂に訴えるスタント教育法がわかりやすい事例で紹介されている。就職に悩む若者だけではなく、現役の教員の人たちにもぜひ、読んでほしい1冊だ。

《「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか

留学生インターンシップ  就職に繋がる実践型インターンシップ

  • 2017/04/08 03:56
特集

留学生インターンシップ 就職に繋がる実践型インターンシップ
編集者より

 
今年で8年目を迎える留学生インターンシップ制度へお問い合わせをいただ きありがとうございます。1期目の修了生は続々と優良企業に就職を決めたり、インターンで培った自信で新しいことにチャレンジしています。JPM留学生インターンシップ制度は日本の会社を体験できる数少ないチャンスを提供します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

日本の再生はここからはじまる

  • 2016/11/25 12:23
特集

日本の再生はここからはじまる

No.1 No.2
留学生や日本人学生が地域の人たちと協力して新しい未来を切り開く
高島平団地、日本で一番大きく、歴史のある団地で日本の大学生と留学生が地域の活性化に目覚めて大きな問題に挑戦している。 新しい地域と大学の関わり方を探るため、このプロジェクトの発起人で、ある大東文化大学の山本教授と大学職員の井上さん、活動中の大学生、留学生や地域の人たちにお話をお聞きしました。
 
カテゴリ名:
 
国際交流のイベント参加者で記念写真
1:高島平のプロジェクトを始めようと思ったきっかけは何ですか?
(山本教授)

かつては3万人以上が住んでいたといわれる高島平団地も、今では65歳以上の高齢者の割合が35%近くになり、超高齢化団地となりつつあります。また少子化が進み今後、以前にもまして大東文化大学も地域との連携が大切になって来ています。社会全てが内向きになっている状況を大学側と地域の人たちが協力して打破しようとの思いで情報交換をスタートしたことがこのプロジェクトの始まりです。最初は関係者の賛同を得るのに苦労しましたが、触れ合う間に、少しずつ雰囲気が変わり始めました。現在は大学や文部科学省からの補助も得て、高島平団地の空室を大学側が借り上げて希望学生に家賃の一部を大学が負担する形で、留学生9人を含む学生16人が入居しています。

地域通貨「サンク」の普及活動や、団地の活性化事業や広告・出版・映像事業などの展開も計画中ですし、昨年まで学生だったスタッフ(井上温子氏 後述)も大学の職員としてプロジェクトに関わり、学生と地域の人たちが以前にもまして自主的にプロジェクトの企画、運営に携わるようになってきています。



2:住民の方々と留学生や日本人の学生たちとの関わりについてお聞かせ下さい。
(井上温子大学職員)

カフェサンクという団地の店舗スペースを利用した交流スペースが5月にオープンしました。そこで学生たちや地域の方々が自主的に様々な行事や講座を企画しています。
留学生や日本人の学生が中国語、韓国語、英語などを教え、地域の人たちは子供に絵本の読み聞かせをしたり、外国人のための日本語教室などを開催しています。全ての講座は、関わる人たちのボランティアで成り立っていますが、報酬の代わりに地域通貨「サンク」が発行されます。サンクは地域の加盟店でポイントとして利用ができますから、間接的に地域の経済的な活性化にも役立つことになりますね。


3:このプロジェクトを通してどんなことを感じられましたか?

(山本)
日本の社会が内向きになっていることですかね。自分のテリトリー以外のことは関係ないという姿勢は正さないといけないと思います。パイがどんどん大きくなる成長社会が終焉を迎えているのにまだそのことに気がついていない人が多いように思います。今、一番そのことを理解しないといけないのは学生でもなく、地域住民でもなく、大学の教員だと思います。大学は少子高齢化の大きな波を受けているにもかかわらず危機感がない。このことが一番心配していることですね。教員が学生の自主性を尊重して、どうしたらやる気を起こすことが出来るかを真剣に考えなければならないと思います。ますます、大学の枠を超えて、地域や他の大学とも連携して学生の学ぶフィールドをどんどん広げていくことが重要ですね。


4:自分の将来を決めかねている学生にメッセージをお願いします。


(山本)
損得だけで物事を判断するのではなく、本当に今の自分に重要なことは何かを自分自身に問いただしてみてください。高島平には日本の社会が抱える問題が山積しています。しかし、ここに集まった学生たちはその問題に果敢に挑戦して、失敗してもまた新しいやり方を考えて仲間たちとがんばっています。周りの大人たちも経験の少ない彼らが懸命に一つのことに取り組んでいる姿をいつまでも傍観しているわけにはいきませんよね。
カフェサンクでも志のある大人たちが学生たちをサポートする体制が出来つつあります。
一度、カフェサンクに来て見てください。きっと新しい出会いが待っていますよ。

(井上)
ここにはそれぞれの個性を活かしあって助け合える仲間が大勢います。
「自分が出来ること」で周りの人たちを幸せにする、こんなにすばらしいことが実現できる舞台がここ高島平団地にはあります。私も去年まで学生でした。協力してくれるはずの学生が急にこれなくなったり、時間をかけて行事の計画してもぜんぜん前に進まないこともたくさんあります。しかし、山本先生のおっしゃる通りとにかく前向きにがんばっていると色々な人たちとの出会いの中で不思議と道が開けてくることもありました。
一度、カフェサンクに遊びに来てください。私たちと一緒に大きな夢を共有し、その夢をいっしょにかなえていきましょう!!
 
 
 

大東文化大学 山本教授

カテゴリ名:
山本 孝則 教授 大東文化大学 環境創造学部 環境創造学科 やまもと・たかのり 1948年東京生まれ。81年武蔵大学大学院経済学研究科博士課程修了。89年大東文化大学経済学部講師。92年同助教授。97年同教授。01年より現職。この間に94年独ハノーバー大学客員教授。主な著作に『現代信用論の基本問題』(以下いずれも日本経済評論社刊)『不良資産大国の崩壊と再生』『環境創造通貨』(共著)などがある。 山本先生が主宰する「環境創造学と環境創造通貨サンクのページ」の URLはコチラ ↓ http://members.at.infoseek.co.jp/tyamamoto/
 

みんなで東京にオリンピックを呼ぼう!!

  • 2016/05/22 15:34
特集
2016年東京オリンピックを望む学生の会
2006年からオリンピック招致の運動に積極的に関わっている学生団体
 
テレビで見た石原都知事の、『未来の若者のために東京で2016年にオリンピックをやりたい』という話を聞き、当時の大学生有志が学生という立場を生かし、オリンピックのPRをしようと2006年に立ち上げた団体。オリンピック招致の署名活動をしたり、オリンピックの記念の場所をめぐるツアーをしたりしながら、学生らしい招致活動の草の根ムーブメントを起こしていく為の活動をしている。オリンピックの招致関連のボランティアも努めた森崎さんと大友君に話を聞いた。
 


「スポーツの力」をオリンピックで体感したい! オリンピックキャラバンで東京から福岡まで2ヵ月半かけて各地を訪問。主に大学や学生団体、NPOなどを訪問し、77日間で6,089kmを移動しながら、今回の環境や障害者の人たちに配慮した新しいかたちのオリンピックを訴えた

学生の会の皆さんが行った、オリンピックキャラバンについて教えてください。

2007年12月1日の出発式には、元ノルディックスキー競技選手で金メダリストの荻原健司さんが駆けつけてくださり、旅先では北京オリンピッ ク トランポリン日本代表の廣田遥選手、アテネオリンピック 水泳銀メダリストの山本貴司さん、阪神タイガースの若竹竜士選手など、数々のアスリートの方々にお目にかかりました。また大学やNPO、議員の方まで幅広 い分野の2000名以上の皆さんと交流させていただきました。



 こうした活動を地元のラジオや新聞に取り上げていただくことで、私たちのオリンピックに対する想いを日本全国の皆さんに届けると共に、地方に住む皆さんが抱いている想いを直接うかがうこともできました。とても学ぶことの多いオリンピックキャラバンだったと思います。


森崎さんは外国人との関わりがこの運動に関わる
きっかけになったということですが。


サッカーW杯の時の出会いで、私の人生は大きく変わりました。
当時私は中学2年生だったのですが、お台場で私が今まで見たことがないフェイスペインティングをした楽しそうな外国人の人を大勢見たんです。お祭りのような雰囲気だったの
習いたてのつたない英語でその人たちに話しかけたんです。そのつたない英語を外国人の人たちは一生懸命聞いてくれてとっても楽しかったんですね。楽しそうな皆さんの仲間になれたようで、外国人の人との出会いが私の人生を変えたと思います。
この運動に関わってオリンピックを日本、東京で行うことが出来れば、子供たちにも私に起こった出会いを作ってあげることが出来ると思います。
東京オリンピックをきっかけに、そこから新たにたくさんの夢が生まれてほしいですね。
 


大友さんが学生の会に関わって感じることは何ですか?

この運動に関わるまでにいろいろな人権活動や環境イベントに参加したことがあったのですが、自分の好きなスポーツと関わりながら社会的な活動をしたいと思ったんです。
今回の東京オリンピック招致には環境問題に対する明確な提言があって今までのオリンピックとは少し違った側面も持っています。環境問題は一人ひとりが関わっていかなければいけない世界の共通の問題だと思います。2016年に東京でオリンピックが行われれば、世界中のみんなが環境問題に対してもっと関心を持って前向きに取り組む気持ちが沸いてくると思います。
 

森崎ゆりやさん(2016年東京オリンピックを望む学生の会代表) プロフィール

生年月日: 1988年9月24日生まれ(20歳)
在学校: 青山学院大学国際政治経済学部国際コミュニケーション学科2年
将来の夢: オリンピックのように、“リアル”によって人の心を動かすこと。
2016年東京招致実現に向けてひと言:
  サッカーW杯のときの出会いにより、私の人生は大きく変わりました。2016年の東京オリンピックを夢で終わらせるのではなく、実現し、そこから新たにたくさんの夢が生まれてほしいです。


全人類が直面する環境問題に正面から取り組んでいる
東京オリンピックの招致運動を応援していきましょう!!


2016年東京オリンピックを望む学生の会の活動

https://www.shochi-honbu.metro.tokyo.lg.jp/bid-committee/jp/news/2009/03/vol3_2016.html

 
 

外国人の生活向上を会社の目標に!! 

  • 2014/11/25 07:39
特集

外国人の生活向上を会社の目標に!!

㈱グローバルトラストネットワークス後藤裕幸社長インタビュー

ここ数年で外国人の人たちの住宅事情は大幅に改善されたといわれているが、9年前より大きな問題であった、保証人問題の解決に取り組んできた株式会社グローバル・トラスト・ネットワークス(GTN)の存在はきわめて大きい。

GTNは、試行錯誤を繰り返しながら、根気よく外国人に特化した家賃保証事業を広げており、今では業界のリーデイングカンパニーだ。一見、地味なこの事業だが、日本社会の国際化にとってきわめて重要な役割を果たしている。そのGTNが今回、常識を覆す画期的な人材紹介・携帯電話サービスをスタートした。その事業の背景にある想いをGTN社後藤社長にお聞きした。

Q GTNの人材・携帯電話事業は、既存の事業とどのように違うのですか?

A (後藤氏)私たちは、人材紹介・携帯電話事業に利益のみを求めて参入した分けではありません。この事業に至ったのは、日本の生活にまだ慣れていない留学生や外国人の人たちの生活状況を向上したいという想いが背景にあります。

たとえば、人材に関して言えば、外国人のための人材サービスを提供する会社は、たくさん存在しますが、ほとんどが、語学や専門技術などの能力に長けた優秀な人材へのサービスですが、私たちが相手にしているのは、主に、自分でアルバイトも探せないような日本語にまだ不安がある人たちです。留学生の多くは希望を持って日本にやってきますが、日本語が十分に出来ない状態でも、生活のためにアルバイトをしなければなりません。しかし、彼らにはそのアルバイト探しが容易ではありません。収入がなければ、学費も家賃も払えなくなり、たちまち生活の基盤を失います。


私たちは、彼らにとっての『セイフティーネット』になりたいと真剣に考えています。幸い、家賃保証の事業を確立できたので、それをベースに相乗効果のある新たな事業なら、大きな利益を求めなくても、何とかサービスが提供できる環境が整ってきました。しかし、いくら安価なサービスでも、他との差別化を図るために、問題がなくても、派遣先や派遣している学生には密に連絡をとるようにしています。そして、少しでも問題があれば、大きくなる前に個別に対応して解決していますので、どんどん口コミでサービスが広がっています。

 
また、携帯電話事業では、業界の常識であった、2年の固定契約を改め、いつでも解約できるようにしました。なぜなら、2年たたないうちに帰国する人もたくさんいますし、たとえ、2年以上いても、今の契約では帰国時に必ず違約金を払うことになります。

ましてや、外国語で契約時のサービスを受けられる会社もほとんどありません。料金も、データ通信も無制限で、3000円以下ですので、大学や日本語学校でもどんどん口コミで広がっています。このサービスは外国人限定ですが、家賃保証のさまざまな知識や経験が当社にはあるのでこの低価格が実現できました。

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Q2 外国人の人たちにとって、『あったらいいな』をことごとく、事業化していますが、将来の目標は何ですか?

A (後藤氏)2020年までに留学生を30万人にする計画が内閣府にありますが、今のままでは実現するのはかなり難しいと思います。日本でしか使用されない日本語の国により多くの留学生に来てもらうには、留学先として人気の欧米にないものを留学生に提供することが必要だと思います。その第一歩として、私たちは、彼らが安心して留学生活が送れるように、家賃保証、安価な携帯電話、日本語が苦手でも相談できる人材サービスを提供しています。


今後とも、彼らのニーズに真摯に向かい合い、要望の高いものは、利益が少なくても事業化して、彼らの生活向上に貢献したいです。
仕事に関しては、欧米では、外国人でも優秀であれば、大きなチャンスをつかめるイメージはありますが、日本では、大金持ちにはならなくても、日本の社会に溶け込み、敬語も取得し、日本人の考え方を理解すれば、日本企業に就職することは、そんなに難しいことではないと思います。そして、将来は、日本で働いて身につけた技術や経験を生かして母国で活躍することも可能だと思います。それこそ、新しい形の『JAPANESE DREAM』ではないでしょうか?
  

創業時から、将来の日本の姿を見通して、事業を進めてきた後藤社長。学生企業家としてスタートしたが、GTNでさまざまな国籍の人たちが、自分の個性を生かしながら、素晴らしいチームワークで働く組織を作り上げた。50名ほどの従業員の7割近くがさまざまな国籍の外国人であり、管理職にも女性も外国人もいる。この個性を生かした理想的なダイバーシティー経営に大学の研究者も研究対象として頻繁に訪れているという。この小さなグローバル企業が、『日本社会の国際化』のひとつの見本になることは間違いないであろう。

 

後藤裕幸氏プロフィール
2000年 中央大学法学部在学中に起業し、オンラインゲーム、ファッションサイトを開設。
2003年 有限会社ミューゲートを設立し、代表取締役に就任。2004年に退任。
2004年 株式会社ミューを設立し、代表取締役に就任。2006年に退任。
2006年 株式会社グローバルトラストネットワークスを設立し、代表取締役に就任(現任)。

What is Kansai music conference?

  • 2014/09/07 16:56
特集

 

What is KMC?
・ the only independently run, globally oriented music conference in Japan
・ features a wide range of music from traditional to cutting edge
・ sponsors seminars and workshops about music and the music industry
・ brings together musicians from all over the world
・provides year-round opportunities for musicians to play paying shows
・has created many success stories with the theme of "Building Bridges With Music"

What is a music festival? What is a music conference?

Music Festival:
・ many musical performances on different stages or in different venues
・ musicians and music fans come together to enjoy their favorite music
・ performers play in front of new audiences to promote and sell their music

Music Conference:
・ many musical performances on different stages or in different venues
・ musicians and music fans come together to enjoy their favorite music
・ performers play in front of new audiences to promote and sell their music
・ industry professionals introduce new ideas and opportunities in the field of music
・ musicians can join presentations and discussions to further their careers
・ valuable industry connections can be made

Bridging Cultures
・ "KMC was the fi rst step for me to be an international artist. ...sharing music with many
musicians from various countries, I think we could feel the ‘Building Bridges with
Music’ theme." - Blackuro (Osaka), KMC 2012 & 2013
・ "I’ve met more people from around the world at KMC than I have anywhere else in my
life." - Dale Campbell (UK), KMC 2009-2011
・ "It was truly amazing. We truly made lasting friendships as well as connections with
other musicians." - Robot Bomb Shelter (US), KMC 2010 & 2011
・ "It was a wonderful experience to see so many people from diff erent cultures joining our
African workshop." ?Olethabwekos (Kenya), KMC 2011
・ "I know I will continue to reap the benefi ts of playing in Japan for time to come! It was a
truly rewarding experience through and through!" - Norine Braun (Canada), KMC 2009
When I came up with the idea of KMC in 2008, a Japanese
search engine search brought up absolutely NO Japanese
websites with the phrase“ music conference,” but now 6 years
later the same search brings up pages and pages of sites.

 


(Duane Levi KMC Founder & Executive Producer)

 


Thus KMC has become not only an event that other aspiring events in Japan look to for
ideas, but also an event that musicians worldwide make plans to attend 12 -15 months
in advance. Though there have been mistakes made and problems encountered along
the way, in 5 years KMC has brought success and opportunity to the careers of many
musicians in Japan and abroad to experience new things, make important contacts and
of course, make money like no other event in Japan. Through its support base, KMC is
uniquely positioned to continue improving the industry for independent musicians, but
we need your continued support and participation. I truly hope that with the ongoing
theme of “Building Bridges With Music” we can all learn from each other and expand
our horizons together. Thank you again for your continued support.

The next KANSAI MUSIC CONFERENCE 2015
will be held from SEPT/18-22
詳細・お問合せ Inquiries
www.kansaimusicconference.com
info@kansaimusicconference.com

KMC Vibes on Blackan Radio features interviews of musicians who have attended KMC
and introduces their music and careers.
www.kansaimusicconference.com

Gospel Workshop

English Rakugo Workshop

  

jam session in KMC

 

Japanese High School Student

 

 


KMC Vibes on Blackan Radio features interviews of musicians who have attended KMC
and introduces their music and careers.
www.kansaimusicconference.com

The next KANSAI MUSIC CONFERENCE 2015
will be held from SEPT/18-22
詳細・お問合せ Inquiries
www.kansaimusicconference.com
info@kansaimusicconference.com

 






 

関西ミュージックカンファレンス(KMC)とは? Kansai music conference?

  • 2014/09/07 16:07
特集

 関西ミュージックカンファレンス(KMC)は、世界の五大陸、十数ヶ国から、幅広いジャンルの
インディペンデント・アーティスト、音楽産業関係者、音楽教育関係者、音楽ファンなどが、
音楽に関する最新情報を分かち合うと共に、異文化の交流をはかり民族間の相互理解を深め
世界平和に寄与するカンファレンス(展示会)です。世界の音楽文化の発展を目的とする
「ミュージック・カンファレンス」はをライブ・パフォーマンスを楽しむだけでなく、
音楽に関するプレゼンテーション、パネル・ディスカッション、ワークショップなどを通じ、
様々な民族音楽や日本の伝統音楽を紹介する場も提供しています。大阪観光局、国際交流基金、JNTO、NHK 大阪放送局なども後援するKMC。

その生みの親であるレヴィ・デュエインさんにお話を聞きました。

 


レヴィさんは、どうして日本に興味を持ったのですか?そしてKMC を立ち上げた経緯を教えてください。


1997 年、98 年と音楽ビジネスの関連で日本を旅しましたが、関西の人たちの親切さ、人懐っ
こさに触れ、もっと日本を理解したいと思い、2001 年より英語教師として山口県に赴任し
ました。そして、ミュージシャンの友達も増えて来たので、2006 年に独立して音楽プロモー
ションの会社を始めました。KMC の立ち上げのきっかけは、2008 年ごろ、大阪観光コン
ベンション協会(現大阪観光局)の担当者から大阪でも音楽関係の見本市が出来ないかと
いう話から始まりました。その当時から、アメリカヤフランスでも大きなミュージックカ
ンファレンス(MC)、特にアメリカのSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)などは、
世界中のミュージシャンの注目を浴び音楽業界にはなくてはならないものになっていまし
た。私は関西でぜひともこのMC をやりたいと思って周りの人たちに声をかけ始めました。
新しいものに興味を持ちやすい関西人の人たちの性格も手伝って関わる人がどんどん増え
てきました。そして2009 年ついに開催が実現し、海外からも20 組のミュージシャン(72 人)
がKMC に参加してくれました。

KMC の特色は何ですか?日本で知られている音楽祭(ミュージック・フェスタ)との違い
は何ですか?

KMC では、他のMC 同様に音楽ライブだけではなく、音楽好きのための様々なワークショッ
プがあるのが特徴です。日本で一般的な音楽祭は、色々なミュージシャンのライブが主な
活動ですが、MC は、ライブだけでなく、プレゼンテーション、パネル・ディスカッション、
ワークショップなど、ミュージシャンがより自分の能力を高め、また広く色々な国の参加者とも
触れ合える機会を作っているのが大きな特色です。日本では、特にゴルペルワーク
ショップなどは人気がありますね。またKMC 独自のものとしては、英語落語の実演、三味線、琴のワークショップなどもあります。

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ゴスペルワークショップ

英語落語のワークショップ

また、MC は海外と日本のミュージシャンが出会う場を提供できるのが魅力です。

毎年のように、彼らの間で、即興のジャムセッションが行われています。KMC には、日本の高校生や大学生の音楽グループも海外のミュージシャンとの交流を求めて参加しています。

  

(会場のいろんなところで即興のジャムセッションが起こる)

 

(日本の高校の吹奏楽部も参加)

さらには、その年に音楽活動を通して国際的な貢献をしたミュージシャンを表彰するアワー
ドセレモニーを行い、みんなでその活動を称えるのもKMC の特色です。


レヴィさんの今後の夢は何ですか?


大阪を音楽であふれる街にしたいです。日本は、海外のミュージシャンにとっても大きな
市場ですし、音楽性も優れています。世界の音楽の業界は多様化しており、演奏活動以外
の仕事をしているインデペンデントミュージシャンの層もとても厚いです。単なる商業目
的を超えたところで音楽を愛する人たちが集えるこのKMC を大切にして、参加したミュー
ジシャンから有名になる人やグループを育てていきたいですね。

KMC Vibes on Blackan Radio では、KMCに参加するミュージシャンの音楽や経歴を紹介する番組も日本語と英語でオンエアしています。
KMC Vibes on Blackan Radio features interviews of musicians who have attended KMC
and introduces their music and careers.
www.kansaimusicconference.com

2015年のKMCは、9月18日-22日のシルバーウィークに開催予定です

The next KANSAI MUSIC CONFERENCE 2015
will be held from SEPT/18-22
詳細・お問合せ Inquiries
www.kansaimusicconference.com
info@kansaimusicconference.com

 






 

HIS 澤田秀雄氏 インタビュー

  • 2014/05/20 00:33
特集
LongInterview vol.8
外国人に対する採用に積極的なH.I.Sグループの会長、澤田秀雄氏にインタビュー『2000名の社員を統括しているリーダーは外国人です。』
第8回
訪問先:HIS澤田氏
訪問者:姜カイエンさん
多くの若者に海外旅行の道を切り開いた元祖ベンチャー企業、しかし、現在は旅行、金融、航空、ホテルの分野に及ぶグループ企業体に成長したH.I.Sの創業者、澤田秀雄氏に中国人留学生の姜さんがお話をお聞きしました。
 
座右の銘自然の摂理を大事にするべし。
人間は宇宙で生まれたので自然とのバランスを大切にしていくというのが私達のポリシーです。
姜さん:H.I.Sは海外旅行の会社として日本では一番知られた会社ですが、他の旅行会社に比べてH.I.Sの優れているところと魅力は何ですか?

澤田氏:他の旅行会社に比べて個人旅行が得意です。個人旅行は通常は割高なのですが、HISの個人旅行は料金が安いので人気があります。また、会社の経営も20代、30代が中心なので今後もさらに成長が期待できる会社だと思います。

姜さん:ホームページで見たのですが、30年前は東京―ロンドン間70万円くらいしたと思いますが、今はシーズンによって8万円くらいで行けますね。格安チケット販売の先駆者として色々な苦労があったと思いますが、そのあたりをお聞かせ下さい。

澤田氏:20数年前旅費が高くまで若い人はなかなか海外に行けませんでしたが、H.I.Sでは若者でも手が届く範囲の金額で販売を開始しました。しかしそのことに対して大手旅行会社や航空会社からプレッシャーがかかったこともあり色々と苦労がありました。しかし当初一番大変だったことは無名の旅行会社だったこともありいくら半額の値段であったとしてもお客様になかなか信用していただけなかったことです。小さな事務所で数人のスタッフで営業していましたし、チケットも空港で渡していました。数ヶ月はお客さんが来店してもなかなかチケットを購入する人はいませんでした。しかし旅行好きの人たちの間で、わたしたちの格安チケットの噂が広まり徐々に若者から浸透していきました。
 
姜さん:今のH.I.Sが一番求めている人材はどんな人ですか?外国人採用についてはどう思いますか?

澤田氏:まずは人間性ですね。明るく元気でやる気のある人が一番ですね。外国人の採用については当初から始めています。実は2000人のスタッフを統括する現在の関東営業本部長もバングラディッシュ人です。海外の支店でも中国人やスリランカ人、アメリカ人やオーストラリア人が責任者として働いています。彼らのほとんどは日本の支社で実際働いた経験があります。HISでは人種や学歴にとらわれずがんばれば誰でもどんどん昇進できるシステムになっています。日本の大手の会社では非常に珍しいと思います。

姜さん:これからチャレンジしてみたいことと目標を実現するために取り組んでいることは何ですか?

澤田氏:HISは日本ではある程度有名になりましたがこれからは世界でHISブランドを浸透させていきたいですね。現状海外70店舗ですが、100,200店舗と伸ばして行きたいです。
 

フロフィール 澤田秀雄氏

 
澤田秀雄氏:1951年2月、大阪府生まれ。大阪市立生野工高卒業後、73-76年に旧西独・マインツ大に留学。アルバイトで費用を 稼ぎ留学中に休みを利用して欧州、中東、アフリカ、南米、アジアなど50か国以上を旅行する。日本に帰ってきて旅に出ようとする際、どこの旅行会社も一律 に同じ海外から見れば異常に高い料金をとる内外格差に疑問を感じる。80年に旅行会社「インターナショナルツアーズ」を設立、「インド自由旅行」など格安 航空券を柱に個人向けパック旅行など多様な商品をそろえる。90年に社名を「エイチ・アイ・エス」に変更。95年3月には株式店頭公開を果たす。96年 11月、豪ゴールドコーストにホテルをオープン。98年9月には国内第4番目の航空会社「スカイマークエアラインズ」を他社の半額運賃にて就航させ、社会的な話題となる。99年1月には協立証券の株式を取得して、「エイチ・アイ・エス協立証券㈱(現エイチ・エス証券」の代表取締役社長に就任し、金融業界への本格参入も狙う。

日本の大学はどのように変わるべきか? 学生たちは何を求めているのであろうか?

  • 2013/11/30 23:01
特集

 

日本の大学はどのように変わるべきか?
学生たちは何を求めているのであろうか?

スタントメソッド

モチベーションを高める教育法のシンポジウム

3 年以上にわたって、スタント教授とその影響を受けた学生さんや社会人にインタビューを続けて来ましたが、その理由は、スタント教授が20 年以上にわたり、恵まれた環境を多くの学生が生かせず大学生活を無駄に過ごしている現状を変えようと、本気で取り組んでいる姿に出会ったからです。

それと、もう一つは、こんなに学生たちのことを思い、努力しているのにそれを認ず、スタント教授を一時はうつ病にまでも追い込んだ日本の大学という閉鎖的な組織のあり方に憤りを感じたからです。正直、同じ日本人として大変申し訳ないことをしたと思いました。

その後、毎月のようにスタント教授の授業を見学し、また多くの学生にインタビューを続けるうち、スタント教授の存在自体が、多くの学生の心の隙間を埋めていることを感じました。

クラスでも数々の奇跡的な場面に出会いました。そして、25 年の努力が、2012 年11 月に行われたモチベーションを高める教育法のシンポジウムと繋がっていったのです。多くの現役の学生が、自分の経験に基づいた感動的な発表をしましたが、その中でも、MONSTER  STUDENT から学生のリーダーとして変貌を遂げた廣松君の発表の一説を紹介いたします。

 

(シンポジウムで発表する広松君)


中略ーー『スタント先生は、勉強しない大学生を、それからそれを容認する社会を、このままではだめだと考え、その現状を変える為に尽力されていることを身を持って伝えてくださいました。それは、私にとって心強い味方ができた瞬間でした。つまり、スタント先生の人としての存在が私にとって、大きな励ましになったのです。--それから私は、勉学だけではなく、教師に対して関心を抱くようになりました。早稲田に在籍する教授がどんな人なのか知りたいと思うようになりました。講義の中身だけでなくどうしてその分野の研究をするようになったのか、講義に出席して話を聞くだけでなく、積極的に教授の部屋をノックしては、その教授に話を聞いて学習意欲を高めました。』

教育者の皆様、知識は勿論重要ですがそれ以前に学生達は、なぜ勉強するのか?どんな思いで先生は教鞭をとっているのか?先生はどんな人なのか?先生の夢は何なのか?今何に挑戦しているのか?それを先生の言葉で聞きたいのではないかと思います。また、先生が『本気で学生達を救おうと決心』(ここでいう『本気』とは学生達の将来を投げ出さないということ)すれば、このモチベーション教育のクラスで起こっている奇跡のようなことがご自分のクラスでも起こると確信しています。将来の進路決定が間近な子を持つ親として一日も早くその日が来ることを願っております。(グローバルコミュニティー編集長 宮崎計実)


教師の学生をあきらめない決心が起こした奇跡
信じてひたすら実行すれば、道は開ける


蘇霞さん(イギリスESSEX大学院社会学MA修士(2001)・早稲田大学会計研究科MBA修士課程(2010- )


(TA をしていた蘇霞さん(左から2人目)と学生達)

これといった経験が無ければ 40 歳を過ぎて日本で就職をするのはとても困難だ。ましてや、それが外国人女性ならなおさ らである。スタントメソッドに魅せられ TA( Teachers Assistant ) としてクラスのサポートをしていた、中国人留学生の蘇霞さんも日本で何とか職を探したいと 100 通近くの履歴書を送り続けた。

しかし現実は厳しく面接に進む事すら難しかった。蘇霞さんにも焦りはあったが、人の立場に立って考え『 GIVE  GIVE  GIVE 』の姿勢で、人に接することが出来れば運命は変えられると信じ、答えの出ない就職活動を続けた。その努力が実り、ある大手運送会社に面接に呼ばれた。これがダメなら諦めるしかない、蘇さんは覚悟を決め、日々スタントメソッドで実践してきた相手のために何が出来るかを意識し面接に臨んだ。

すると、奇跡が起こった。外国人でありながら、『思慮深い日本人的な考え方』や『人に役に立とうと活動してきた姿勢』などが認められ普通の社員として応募したにも関わらず、上級管理職待遇で迎えられる事になった。その会社で唯一の女性 , 唯一の外国人の上級管理職の誕生である。この結果には本人も友人、家族も大変驚いた。数年前まで彼女は長年うつ病を患い、薬を飲み続け何とか平静を保ってきた。彼女もそんな自分が嫌いだった。たまたま参加していた勉強会でスタント教授の取り組みを知り、自己中心の考え方が自分を暗い人間にし、知らないうちに人を遠ざけている事がわかった。

『これが自分の性格を変えられる最後のチャンスかもしれない。』 積極的に自分が周りの人に貢献出来る事を考え一つ一つ実行して行った。そして、スタント教授のスタントメソッドについて書かれた書物を『バイブル』のように何度も読み返した。すると、性格が明るくなり日常生活が楽しくなった。 25年飲み続けた薬もやめた。 彼女の様にうつ病などの精神疾患で悩む人は多いが、これ程見事に快復するする例は珍しいであろう。元々、色々な分野の才能があった蘇さんは、中国語で詩を書いたり、中国の研究会やビジネス英語の会を主催したりと、人が変わったように積極的に、『人の為になること』をするようになった。周りの人たちも彼女の熱意にどんどん引き込まれていった。


蘇さんいわく、『スタントメソッドを熱心に勉強しているうちに、無意識に自分のモーチベーションをコントロールする方法が身に着き、話している相手が何を求めているかも良くわかるようになった』という。


数年前まで、うつ病で苦しんでいた人がこんなに変わるなんて。。
尊敬する人の『言葉』を信じ、一途に実行に移せば、いくつになっても性格をかえることが出来る。蘇さんの就職は、奇跡ではなく起こるべくして起こったことかもしれない。

 

カワン・スタント教授

早稲田大学国際教養学術院教授
早稲田大学臨床教育科学研究所所長


貧しい家庭環境、インドネシアの内戦、度重なる日本での迫害。しかし、それにもめげず、「工学」「医学」「薬学」「教育学」の4つの博士号を取得。その才能は日本ではなくアメリカで開花し、88年米デュレクセル大学工学部準教授、90年トーマス・ジェファーソン医科大学医学部準教授を兼務、93年に恩師の頼みで再来日。桐蔭横浜大学工学部教授に就任し、「学生のやる気を引き出す」教育法を確立。Nikkeiビジネスでの紹介記事が大ブレイクし、教育界のみならず、社員教育に悩むビジネス界からも注目される。また、日本のみならず、母国インドネシア・シンガポール・マレーシア、中国の政府や関係機関からも熱 烈なラブコールを受け、それぞれの国で講演。その様子は、現地のマスメディアでも大きく取り上げられている。

 

私はあなたをあきらめない スタント教授インタビュー

 

感動教育(新刊)


カワン・スタント教授の新しい著書が講談社より出版されました。
ヤル気のない学生がみるみる『爆発』する奇跡のスタント・メソッド
『キミたちはこの先、どうやって生きていくのか?』大きな転換期を迎えている日本の大学教育
本物のリーダーに必要なものは?スタント教授の授業が体感できるすばらしい生きた教材です。

スタントメソッドを学んで 
Yokosojapan.netでも今までのインタビュー記事を見ることが出来ます。

『大阪を留学生パラダイスに』 エール学園 長谷川恵一理事長

  • 2013/06/01 01:57
特集

『大阪を留学生パラダイスに』


留学生の地域社会に役立とうという意識が大切


長谷川恵一氏 プロフィール
昭和22年生まれ。昭和44年同志社大学工学部卒業。九州松下電器株式会社入社、昭和51年、学校法人エール学園専務理事に就任。58年学校法人エール学園理事長、社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの理事をはじめ、特定非営利活動法人ミナミまちづくりフォーラム副会長、特定非営利活動法人国際メンターシップ協会代表理事としても活躍。また、所属する大阪府専修学校各種学校連合会では、文部科学省より委託を受け、実施委員長として留学生支援事業も行っている


地域に根ざし、独自の留学生支援のスタイルを確立しているエール学園理事長の長谷川恵一氏にお話を聞いた。


『就職率100%保障コース』


何とエール学園は今年より、『就職率100%保障』の特別コースをスタートした。もちろん、そのコースは厳選された学生のみが入ることを許されるが、業界初の試みとして注目されている。メンター教育を重視し,またインターンシップをフル活用した地域に根ざした実践的な教育を続けてきたからこそ、誕生したコースといえるだろう。
この学園の基本理念は、『なりたい自分、つくす自分』。なりたい自分を目指し、自己実現すること、そしてその自覚が芽生えたものが、他者の自己実現をも助けるという発想がそこにある。すなわち人は人との関係性の中で成長していくという考え方だ。現在の教育には、学歴社会が行き過ぎ、個人的な点数主義が中心になり、学びあい、お互いを高め合うという姿勢が欠けている。それが、社会に出ても消極的な学生を生み出す原因にもなっている。社会に役立つ実践教育をする専門学校では、このメンター教育によってお互いがメンターになり、学び合い、助け合うという考えがとても重要となってくる。

『地域企業でのインターンシップ』

エール学園では、教員と学生と企業担当者が一体になって、地域の企業でのインターンシッププログラムを拡大してきた。最初は、留学生を受け入れてもらうのも時間がかかったが、地道な活動が認められ、年々受入れをしていただける団体や企業も増えてきている。


学生達は、最初は経験を積ましてもらう意味を込めて、長期であっても全くの無償インターンシップとして取り組む。そして企業での勤務態度や能力が認められるとアルバイトや有償のインターンシップとつながっていく。外国人が日本社会に認められるには、まずは彼らが地域コミュニティーに貢献することが重要だと長谷川氏はいう。長谷川氏の指導もあり、インターンシップだけではなく、地域のボランテイアや清掃活動にもエール学園の学生達は熱心だ。その地道な活動のお陰で、今では留学生たちが地域の避難訓練で、高齢者の人たちの安全な場所への誘導などの大事な役目を担うまでになった。数年前までは想像も出来なかったことだ。この様に教育機関が媒介になって、企業を含む地域社会と留学生とのいい関係が続いてくれば、留学生の社会的地位も向上し、本来の意味で留学生が歓迎される社会になっていくと思う。これが、長谷川氏が目指す『留学生パラダイス』だ。

『場力』の重要性


長年留学生の生活向上に取り組んできた長谷川理事長は、大専各(大阪府専修学校各種学校連合会)の委員長としても活躍しているが、最近は、文部科学省の担当官よりアドバイスを求められることも多いという。エール学園のように地域に根ざした学校経営をしている教育機関はまだまだ少数派で、尚且つ学生の多くは留学生だということを考えると、エール学園は最先端をいっているといえるだろう。


長谷川氏は、『場力』という言葉でこの重要性を説明してくれた。『場力』とは、その土地が潜在的に持っている力をいい、その力を最大限に利用することが大切だという。『大阪』という土地には、元々遣隋使や遣唐使を送り出し、また朝鮮半島や中国大陸から多くの人たちが移り住み新しい文化を広めていったという歴史がある。
最後に長谷川氏が、いつも留学生に言い聞かせている言葉を紹介しよう。『皆さんが大阪で学ぶ、歴史的な意味を良く考えてください。そして、将来は、皆さんの母国と大阪を結ぶ架け橋となって、アジアの明るい未来を一緒に作っていきましょう。』

私も、留学生の為にインターンシップのプログラムを作ったり、彼らがもっと日本人と仲良くなれるようにと友達作りの為のサークルやイベントを立ち上げたりしているが、長谷川氏のエール学園や大専各の専門学校の人たちの取り組みには、本当に驚いた。地域の人たちは、外国人との交流を積極的に求めているわけではない。しかしその中に混じって、留学生が、地域の役に立てる場を積極的に提供するこの大阪の専門学校の人たちの取り組みは、他のエリアでも大いに参考になるだろう。

ここでも、大阪人の持つ寛容性が発揮されているのではないだろうか。関西でよく言われるたとえに、『京都十代、東京三代、大阪一代』というものがある。京都や東京ではどんなにがんばっても一代目はよそ者というたとえで、東京なら三世代、京都なら十世代経たないと京都人とは認めないという意味だ。しかし、大阪では、実力さえ認められれば一代目でも『お前は大阪人だ』といわれる。大阪は他の地域に比べてよそ者を受け入れる寛容な文化があるということだ。

留学生の皆さん、どうせ日本で暮らすなら、一代目でも『大阪人』だといわれる大阪で生活して、地域に溶け込んだ生活を楽しみましょう。待ってまっせ~。
(グローバルコミュニティー編集長 宮崎計実)

 

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