環境問題解決の最後の切り札!! 深井利春氏 創生水開発者 創生ワールド代表

  • 2019/06/10 01:27
特集
 
洗剤・シャンプー・農薬を不要のものとし、油と混ざり燃えることで化石燃料の削減、排出ガスの低害化までやってのける奇跡の水、『創生水』!!
 
 
 
 
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天才は1%のひらめきと99%の努力からなる (トーマス・エジソン)
Genius is one percent inspiration and ninety-nine percent perspiration.
( Thomas A. Edison)
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《2010年4月29日には、第14回目を迎える 
創生水全国交流会を大勢の韓国の大学関係者を迎えて開催。》 


身体のほとんどは、水でできているといわれている。ある調査によると、血液の83%、脳の79%、筋肉の83%は水分だそうだ。しかし、近年化学物質による水の汚染が世界的な大きな問題になっているが、その根本的な解決方法がまだ見つかっていない。しかし、その問題に20年以上前から、使命感を持って取り組んでいる日本人が作った水、『創生水』が中国、韓国、台湾、カナダ、ドイツなどの政府あるいは関係機関などで大きな注目を浴びている。特に中国、韓国では数々の国家を挙げた環境対策プロジェクトでの共同事業や研究協力の要請が来ている。創生水開発者、深井氏の水の研究を長年続けた結果が数々の奇跡を生んでいる。創生水に掛けるその思いをお聞きした。インタビューするのは、創生水が韓国で注目を浴びるきっかけとなった、韓国テハンの重油流出事故の現場でボランテイアをしたハム・ドンスさんです。
 



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《深井社長とインタビューする韓国人学生ハムさん》


Q:どうして、洗剤をなくす水にこだわるのですか?

A:私は、ホテルやレストランの経営をしていましたが、ある日、その近くを流れる千曲川で多量の洗剤の泡を目にしました。その泡はまさしく、私の経営するレストランやホテルから流れてきているものでした。そのとき、亡き父の言葉を思い出したのです。「自然と人間は一体だ。川を汚せば人間の血液が汚れ、必ず人間は病気になる。だから川を汚してはいけない」その時、私は直感しました。「今、流れている洗剤は必ず私たちに帰ってくる」と。「洗剤をなくさないと人類が皆病気になる。でも、いったい自分に何ができるだろう」そんな悩みが頭から離れずに、三年間近く悩み続けましたが、父の言葉がどうしても忘れられず、全ての事業を清算して、私の洗剤への挑戦の日が始まりました。まずは洗剤の毒性を調べ始めました。水槽の中に魚を入れて、洗剤をたらすと、すごい勢いで暴れだし、やがて死んでしまいます。魚たちがもだえ苦しむものを、平気で使っていた現実を見て、必ず洗剤をなくしてやると決意を固めました。

Q:私財を投じて、創生水の開発に成功するまで約8年間。あきらめずに日々研究を続けられた理由はなんですか?その経緯とともにお聞かせください。


A:父の教育の影響が大きいと思います。今も、忘れられない思い出があります。ある日父は、分解された自動車のキャブレターを指さして、「これを元に戻せ」と私に命じました。私が「そんなことできるはずがないだろう。そんなことは、修理屋に頼めばいいことだ。」と反抗したら、「もともと人間が作ったものだ、人間に直せないはずがない」と、どうしても直すようにと言うのです。私は、どうして直したらいいのか見当もつかず、途方にくれましたが、有無をいわさない父の態度に、本当に自分でやらなくてはならないのだと覚悟しました。そして、泣きながら懸命に組み立てに没頭しました。その間、家にも入れてもらえず、結局、三昼夜かかったのですが、このとき私は、「やってやれないことはない」ということを学びました。そんな厳しい父でしたが、町の人からはとても尊敬されていました。父は何かあるたび「自分の畑に水を引くな、人の畑に水を引け」と、私に言い聞かせました。創生水を作るきっかけになったのもそんな教えの中にありました。

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《油に混ざり汚れを落とす創生水》  

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《こびり付いた汚れも落とす創生水》

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《ついに完成した創生水生成器》

しかし、現実的には思いはあっても、素人の私に洗剤の代わりになるものなど、どう作っていいのか見当もつきません。研究のかたわら、合成洗剤追放運動などにも参加したこともありましたが、反対をしていても現状はかわらないと思い、洗剤に代わるものを開発しようと決心しました。いろんな人たちに助言をもらいながら、自分で本を読み漁るうちに、私が着目したのは水でした。祖母の世代の人たちの話で、昔は川で洗剤など使わなくとも洗濯が出来ていたという話を聞いたからです。それなら、水を本来あった姿に戻せばいいのではと考えました。しかし、研究には大変な費用がかかり、事業を売却して得た1億以上の資金も底をつき、もはやそれまでと思ったときに、不動産事業を営む友人が四千万円ものお金を私の夢に投資してくれたのです。世の中は、バブル経済の真只中、先の見えない研究をしている私に投資してくれたことには本当に感謝しています。それからは、また寝食を忘れて、研究に没頭しました。私は自然界で起こっている現象を再現するイメージで研究を進めていきました。亡き父の言葉を胸に、また私たちが汚した川を元にもどさなければという気持ちもあり、黙々と何万回という実験を続けていきました。何度となく起こった奇跡的な発見もあり、少しずつ理想の形に近づいていきました。ある日、たまたま新聞で見た縄文時代に多量に使われていた黒曜石の記事を読み、これだと直感し、黒曜石を研究。そしてついに、洗剤の代わりになって、体にもとてもいい『原始の水』、創生水が誕生しました。

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《毎日新聞で取り上げられた記事》


Q:日本でがんばる留学生や外国人、また日本の若者たちにも望むことは何ですか?

A: 環境を守ることに国境はありません。2007年の韓国のテハンでの重油流出事故にハムさんも参加したようですが、私たちも日本から創生水の生成器を持ち込んで、沿岸の石にこびり付いた重油の除去作業をしました。創生水を使うと簡単に水と油が分離するので作業が進みとても喜ばれ、韓国のKBS放送でも取り上げられました。しかし、海はつながっていますので、この様な事故も韓国だけの問題ではありません。世界中の人たちが、地球を守るために国を超えた活動をする必要があると思います。
創生水は、今まで不可能と思われたことを可能にする『本来の水の力』を引き出すことに成功しました。美容、クリーニング、飲食、温泉、農業、医療、エネルギーとそれぞれの産業を『創生水』を使って、自然環境にやさしい新産業に作り変える可能性すら秘めています。元素番号の1番は、水素ですよね。環境問題は、水を本来の形に戻せば、必ず解決します。人間も動物も植物も土も空気もすべては水の要素で成り立っています。

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創生水を使った化学薬品を一切使わないクリーニング技術を開発

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《創生水全国交流会でスタッフの人たちも熱演》

創生水は、土も還元して本来の状態に戻そうとします。そのことにより微生物が生き返り、
農薬のいらない農業も可能になります。また、大変な重油流出事故のあった福井や韓国のテハンで海が真っ黒になった後でも、創生水をまいた海岸は微生物が活発に活動して翌年には海草でいっぱいになり魚が戻って来たのです。つまり汚染された海も創生水で再生が可能なのです。重油流出といえば、メキシコ湾で今大騒ぎになっていますが、私たちもお手伝いに行く準備を進めています。韓国でも日本でも、重油流出事故の際、多くの若者がボランテイアで活躍しました。
ここにいるハム君のように、世界中の若者がもっと地球環境を大切に考える意識が芽生えれば、世界はいい形でつながり人間だけでなく、動物も植物も住み良い地球になると思います。

「いただきます」や「ご馳走様」というのは、作った人に対してだけではなく食物の命に対してもいう言葉です。また、日本には古くから自然に感謝をする文化があります。漢字にもヒントがありまよ。「海」という漢字は「水は人の母」と指しているように見えませんか?水を汚すことは、生命の母を汚すことになると思います。水をきたなくすることを「汚す」と書くのです。何かを洗うために、水に有害物質を混ぜることが、「汚す」行為です。そして、「洗う」という字は「水が先」と書きます。「洗う」ためには、水が一番大切だと教えています。皆さんもそういう気持ちで水の大切さをよく理解して日々生活をしてください。




 
 
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韓国 ハム・ドンスさん ( 韓信 大学校 2010年春 卒業)
2007年、韓国テハンでの重油流出事故現場でのボランテイアを経験。石ひとつ洗うのにも大変な苦労をする状態で活動していた。その悪影響から活動後に重油の影響で入院した友人もいたという。

インタビューを終えた感想 AFTER INTERVIEW

創生ワールド株式会社の深井利春社長と直接会って、いろんな話を聞いてほんとうに勉強になりました。結局、人間が生き続けるためには環境が第一大切だと思いました。どんどん環境が悪くなっていく今の状況で、社長のような方が、韓国テハンでの重油流出事故の時のボランテイア活動のように、地球環境を守る番人として活躍しているのを知り少し安心しました。みんながもっと環境について真剣に考えるべきではないかと思います。
 

創生水の生みの親  深井利春氏

 
 
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福井沖重油流出事故現場でボランテイアの人たちと

深井利春 代表 プロフィール環境NGO『CWWI』(クリーン・ウォーター・ワールド・イニシアティブ)代表。創生ワールド(株)・深井環境研究所㈱ 代表。著書[topic:editor_創生水1001_ja 『洗剤が消える日』]が、日本語、中国語でも出版された。水質汚染・土壌汚染の問題が深刻な中国や韓国で、政府レベルでも今最も注目されている人物の一人だ。
創生ワールド
深井環境研究所
 
 
 

日本文化の根源は神社にあり!! 東條英利氏インタビュー

  • 2019/05/31 17:24
特集

 

日本文化の根源は神社にあり!!
 
日本らしさ、日本人らしさを理解し、
海外に発信 してこそ が真の国際人だ !!
 
 
 
神社人サイト運営者 東條英利氏プロフィール・・ 1972 年生まれ埼玉県出身、株式會社カルチャージ代表取締役。東條英機の直系曾孫。日本独自の社会公益事業モデルを模索し、神社並びに神道の存在に着目。神社を通じたカルチャー・ツーリズムを提唱し、新たな地域コミュニティと文化エンターテイメントの再生を目指している。 5 24 日の著書『日本人の証明』の出版に伴い、全国にて講演活動を精力的に行う。
 
本格的な国際化社会を迎え、今以上に海外の人たちとの交流が進むのは間違いない。『日本』『日本人』について詳しく語れることも益々要求されてくるであろう。そこで今回は、神社文化振興ポータルサイト『神社人』を運営する東條英利氏に、明治神宮で通訳ガイドボランテイアの活動をする津田塾大学 3 年の千浜優さんがお話を聞いた。
 
 
Q1: 神社のポータルサイトを作ろうと思ったきっかけは何ですか?また、神道の一番の魅力は何だと思いますか?
 
A1: 日本文化に特化したポータルサイトを作ろうと思ったのがそもそもきっかけですが、日本文化の源泉である神道について調べているうちに、日本には、 8 万社以上の神社があることがわかりました。しかし、そのデータベースが無かったんですね。それなら、自分でやってみようと、神社を巡って、写真を撮ったり、歴史を調べたりすることを始めたんです。
 
私も神社について、始めから詳しかったわけではありませんが、多くの神社を巡っているうちに、それぞれの神社がその土地において、歴史的な意味がありとてもユニークな存在であることがわかってきました。
3 年がかりで 900 以上の神社を巡りましたが、神社同士の関連性なども段々と見えてきて、多くの新しい発見がありました。これも自分の足で歩かないとわからなかったことだと思います。
 
それと、神道は宗教というより、『想いの集合体』と考えると理解しやすいと思います。例えば、歴史的に漁業で生計を立てていた地域では、人々の『安全な航海への祈り』が元になって、『海の守り神』が祭られたりしています。大阪の住吉大社なんかがそうですね。多くの神社を巡るとその当時の人々の想いが感じられます。そんな場所は神社しかないのではないでしょうか。
また、ご祭神は、必ずしも日本のものばかりではありません。
 
その土地に関係がある海外から来た人たちが祭られている神社もあります。仏教やその他の海外からの考えや文化を積極的に受け入れる日本文化の特徴も神道の『寛容性』から 来て いると思います。それと、神道には、キリスト教や仏教のような戒律や経典も存在しません。神社にはご神体として鏡が置いてありますが、それは、鏡に写った自分の姿の中に『神』はあるということを示しています。
 
他の宗教の様に、理想の自分になるために『教えを守りなさい』というより『答えを自分の中に見つけなさい』という姿勢ですね。だから『神教(神の教え)』ではなく、『神道(神の道)』なのです。その理想の自分に近づく方法は、あえて言うと、『他者感謝』つまり、万物に感謝するということです。
 
その原始的でシンプルな自然崇拝の考え方が、自然と共生する新しい生活スタイルとして今見直されています。一番古くて新しいこの価値観が、日本発でもっと発信されると素晴らしいですね。
 
 
Q2: 日本と天皇の関係をわかりやすく教えてもらえますか?また『日本を守る』とはどういうことだと思いますか?
 
私の活動の原点は 、 『建国記念の日』の意味を良く理解すること です。日本国は、 2672 年 続く天皇を国家元首と仰ぐ『 世界最古の国』として、王制を敷く国家でも広く認められています。しかし、そのことが義務教育では、正確に教えられておらず一般にはあまり知られていません。もし、今の天皇制が無くなれば、日本国も無くなってしまいます。それ位、天皇制を保持していくことは大切なことなんです。
 
『日本を守る』とは、日本らしさ、日本人らしさを守っていくことだと思います。昔は祖父母が子や孫の世代に日本の国の良さや素晴らしい美徳を伝承して来ました。 3.11 の大震災の時も、ほとんど大きな暴動なども起こらず、お互い助け合った東北の人たちの姿は、世界でも驚きを持って報じられました。
 
トルコでも大きな震災があった時、『日本を見習え』という考えが民衆に広がり、大きな暴動などにも発展することが無かったと聞いています。しかし一方では、経済合理性を追求した結果、日本は 10 兆円以上もの食料を廃棄している『残飯大国』でもあります。日本人はかつて大部分が農民で、自然の恵みに感謝し生きてきました。新しい価値観を求められている今こそ、『物』や『仲間』を大切にしてきた農耕民族としての『日本人の美徳』を思い起こす必要があると思います。
 
Q3: 、今を生きる日本人の若者に一番必要な心構えは何だと思いますか?またこれから迎える国際化社会にどのように向きっていけばいいと思いますか?
 
挑戦する意欲でしょうかね。私も、サラリーマン時代、自分で志願して 4 年間香港で駐在した経験があります。それが、今の活動にも繋がっていると感じます。人生は長いので、守りに入るのではなく、若いうちにどんどん何にでも挑戦してほしいですね。失敗を恐れず海外に飛び出し自分と考え方が違う人とたくさん触れ合ってください。そうすれば、やがては、自分の自我に目覚めるようになり、『日本らしさ』『日本人らしさ』に気づき、真の国際人になれると思います。
 
東條さんへのインタビューの感想     ( 津田塾大学 3 年 千浜優)
 
私が最も感銘を受けたのは、世の中には色々な考え方、思想があるということの解が大切だ というお話です。そのことで、日本人であるということを自分自身が良く理解し、日本らしさ、他者との違いを発見できると思います。その過程を通して、日本人としてのアイデンティティが確立し、独自性が生まれ、国際社会で活躍出来るようになると思いました。私たち若い世代は、『日本らしさ・日本人らしさ』を理解せず、十分な準備もなく、グローバル時代を 迎えようとして いますが、もう一度、日本 の文化、伝統を学び直し、 自分のアイデンティティを 見出だす事が大切だと感じました。 東條さんの神社データーベースなど学ぶための教材は沢山ありますので、自分なりにどのように学んでいくか考えていきたいと思いました。
 
日本人の証明

学研パブリッシングより5/24に発売!
 
 
東條家という特異な家に生まれた著者が、みずからのこれまでの体験と、日本人として抱くべき誇りについて語る、ユニークな日本人論。グローバル化に対応できない日本人に、神道を基軸とした逆転の発想を提示し、失われた誇りと自信を復活させよ、と説く。
 
ブックレビューを見る http://goo.gl/Z0i0j
 


出版記念特別企画として、全国12都市でキャラバンを開催。キャラバンフィナーレとして2012年6月16日(土)16:30〜19:00、明治天皇の玄孫にあたる、作家 竹田恒泰氏を特別ゲストに迎え、東京都品川区学研ビルにて、特別講演会「始まりは1000人の証明」(定員300名)を実施いたします。
 

グローバルコミュニティーでの

東條氏の連載コラム『最古の国 日本』はこちらから

https://www.yokosojapan.net/article.php/jinjya0329_iternational_ja

 

1. 本当の教養とは? 日本を知ること

2010年11月30日(火) 14:59 JST - 記事

2. 2:建国記念日の意味って?
2011年1月26日(水) 20:37 JST - 記事

3. 3:危機を乗り越えたところに大きな飛躍がある
2011年3月28日(月) 21:54 JST - 記事

4. 「モッタイナイ」の精神に立ち返ろう!!
2011年5月29日(日) 17:44 JST - 記事

5. 日本のお盆について
2011年7月30日(土) 23:33 JST - 記事

 6. 大人女子のわがままをかなえるピンクの本
2011年10月 3日(月) 09:43 JST - 記事

日本のお正月の文化的ルーツとは?

8. 和太鼓を通じて草食系男子の根性を叩き直す?
2012年1月25日(水) 23:24 JST - 記事

9:『日本人の証明』を出版して 

10 日本人の証明を出版して NO2 東條英利氏連載コラム NO.11

11  日本人にとって『働く』とは?  東條英利氏連載コラム NO.12

12 感性の鋭かった先人達の知恵に学ぶ   東條英利氏連載コラム NO.13

13   日本語の不思議  表意文字と表音文字 東條英利氏連載コラム no.14

14   日本人にとって『式年遷宮』の意味するものは? 東條英利氏連載コラム no.15

15   グローバルな社会で必要とされる教養とは? 東條英利氏連載コラム  NO.16

16 『神社ツーリズム』発刊!! 東條英利氏連載コラム  no.17

私塾が日本を救う!!

  • 2017/09/21 13:20
特集
人のために流す涙は自分に勇気を与える  
出会いは人生を加速する 
 
                  
私はこうして46歳から英語をモノにした

46歳から一念発起して英語に再挑戦した山元氏は、語学力を身につけたことで性格まで変わり、明るく積極的な人間になった。今からでも遅くない語学征服のカギやアイディアを、ユニークな語り口で披露してくれます。山元氏いわく、『いい加減だから良いのだ。何事も完璧を求めない』。まずは、生き方を変えること。転機を逃さずに、21世紀対応型人間になれば、英語は自然についてくる。人生を楽しみながら、遊びながら英語がいつの間にか上達する、山元式超簡単・英語習得法を伝授します。
 

 


山元学校が101回目を迎えました
 
「努力は苦し、されどその実は甘し」(野口英世博士)
Patience is bitter but its fruit is sweet
(Dr. Hideo Noguchi)
 


社会変革の時代を迎え、加速度的にパワーアップする平成の松下村塾、山元学校。77歳になった今も走り続ける山元雅信氏にインタビューしました。

山元学校を始められた動機は何ですか?

海外から帰ってきたときに、無気力、無感動の精彩のない日本人が多くなっていたのに気づいて、何かしなければと考えていた矢先、瀬島龍三さん(昭和の参謀と言われた元伊藤忠会長)の「幾山河」の出版記念パーティで「自分の会社だけでなく日本人や日本の国づくりも心配りして欲しい」と直接言われました。そして、「私塾が日本を救う」という本も3度読んで、やってやるぞという気持ちも固まっていたちょうどその頃、学生たちから講演依頼などがあり、またその反響もあったので、月に一回、講演を聴いた学生たちとの「再会の場」として山元学校が始まりました。初めは体験談を話していましたが、だんだん賛同者が応援に駆けつけてくれ、たくさんの素晴らしい人が次々に話をする、現在の形に自然となっていきました。現在私は進行役に徹しています。

学生時代どんな学生でしたか?

優秀な兄たちと自分を比べて、とても劣等感が強く自分に自信を持てない人間でした。
大学2年までは、英語や海外インターンのサークルでも活動をしていましたが、今の妻に会いそれもやめて、いつも彼女といっしょにいましたね。彼女なしでは生きていけないような運命的な出会いを感じたので、卒業後すぐに結婚しました。

どのように自分を変えていったのですか?

卒業後もなんとなく仕事をしていたのですが、31歳の時にノルウェーに赴任することになりました。英語にも仕事にも自信がない私が送られたのは会社としての受注実績もない国で、左遷のようなものでした。
その私が変わったのは雑誌のある記事がきっかけです。ある日、知り合いから日立造船の記事が当時の朝日ジャーナルに載っていると聞き、その記事を読みました。造船の仕事が減り、工場の社員の家庭が次々に崩壊しているという記事でした。自分の仲間が大変な状況にあることを知り、号泣して3時間ぐらい涙が止まりませんでした。
そして私は決心しました。うまくいかない理由を他人のせいにしていた自分を改め、
日本にいる仲間のためにも頑張ろうと。
しかし、周りは実績のある企業ばかり。私は受注するために必要な情報は、何でも集めるようと走り回りました。船主(船を発注する人)が必要な荷主(船に積む荷物を発注する人)の情報収集や金融機関の条件まで、自分のところに情報が集まってくるような仕組みも作りました。一時は業界紙の情報の出所の7割近くが自分だったこともあります。会社に頼ることが出来なかった私は、自分独自の情報ネットワークを作り、最後には市場の85%までを独占することが出来るようになったのです。


講演などでどんなことを日本人学生や留学生に伝えていますか?

どんな状況でも自分を諦めないこと。特に今まで挫折を知らずに人生を歩んで来た人たちは逆境に弱いところがあります。人生、勝負は、20代でも30代でもありません。
40代、50代でもそれで人生が終わるわけではありません。私は現在65歳ですが、まだまだ新しいことに果敢に挑戦しています。
山元学校には、目を輝かせて、世の中のために役に立つことをやってやるぞと
訴える人が大勢集まります。そこで、いろいろな人との出会いがあります。
年齢も中学生から、80歳前後のシニアの方までと幅広く、毎回各国大使のスピーチがあり、参加者も国会議員、企業経営者、歌手、ダンサー、芸術家、公務員、医師、エンジニア、メディア関係者など様々です。学生さんも大勢集まっていて、年代を超えた交流が本音で出来る雰囲気がありますのでぜひ一度参加してください。

外国人の人たちも増えてきましたがこれから日本はどうなって行くと思いますか?

いろいろな文化を持つ人たちと一緒に暮らしていくことは大変重要なことです。近い将来、日本もアメリカやフランスのように移民大国になっていくのは間違いないでしょうね。国際結婚という概念もなくなるかも知れません。お互い交わりあってみんなオバマさんのような顔になっているかもしれませんね。

先生の一番好きなことばは何ですか?

『出会いは人生を加速する』ですね。人はいろいろな人と出会い、学びあって成長していくものだと思います。ひとつの出会いが人生を大きく変えていくこともあります。
山元学校でも今まで本当の多くに人たちの運命的な出会いに遭遇してきました。

最後に、これから就職活動をスタートする学生たちにアドバイスをお願いします。

面接官は将来伸びる人を採用しようと思っていると思います。
どういう人が伸びていくと思いますか?考えてみてください。
伸びる人は、素直で、明るく、愚直な人です。素直な人は、どんどん知識や意見を取り入れていきます。明るい人には情報が集まります。愚直な人は単純なことでもやり続けられます。また、時代はIQからEQになり今はHPの時代になったと思います。HPとはHorse Power すなわち馬力です。大きく世の中が変わっていく時代は、頭のよさというより、人からものを吸収し、加速度的に成長する力が必要です。それがまさに『出会いは人生を加速する』ということですね。
 
 
 

山元学校塾長:山元雅信氏プロフィール:

 
 
 
日立造船(株)時代、赴任先の北欧でマーケットシェア85%を達成させ、神話を作り上げる。入社18 年後カーナーズ・エクスポジション・ジャパン(株)にヘッドハントされ、アジア最大の国際産業見本市を立ち上げ、成功に導く。その後、セガにヘッドハントされ、サードパーティ売上げ10倍、北米売上げ倍増を達成、マーケットシェア63%など数々の記録を打ち立てる。現在は、「Break Through Consultant」という新しい国際ビジネスコンサルタントとして多数の企業のアドバイザーをつとめ、各種新規事業に取り組む。年間100回をこえる講演活動と就筆活動を精力的に展開。二国間の学生会議を30以上の大学生たちと設立。2008年4月より各国大使のインタビュー記事を載せた、産・官・学を結ぶ環境新聞「BLUE EARTH」を発行。毎月18日開催の山元学校は今年100回目を迎えた。 http://yamamotogakko.jp/
 
 
 
( インタビューした学生の感想 )

今回の取材で、私は多くの事を教えていただきました。その中で、印象に残っている言葉が『出会いは人生を加速する!』です。人と出会う事は、その人間の人生と交じわる事で、自分の人生の幅が広がるという意味でした。まさに、多くの苦労と出会いをなさった山元先生らしい名言だと思います。
私も、オリンピックボランティアをキッカケに多くの人々と出会い、たくさんの影響を受けて来ました。この言葉で、自分が感じていた事が確信に変わりました。
最後に、山元先生と出会えた事を感謝し、山元学校で多くの事を学び、多くの人々に出会って、自分を磨きたいです。(大東文化大学 環境創造学科 3年 新井 誠)

学生たちより山元先生へのお祝いの言葉

山元学校が100回目を迎えたとのこと、心よりお慶び申し上げます。
山元先生とはアイセックという学生団体の活動の中で知り合う機会があり、以来何かにつけてお世話になっております。初めてお会いした際に議論が弾み、昼に来訪したのが夜半過ぎまで滞在することになったのを昨日のことのように覚えています。山元先生を見ているとその行動力、フレッシュさに圧倒させられる一方で、次世代を担う人間の一人として
自分も負けていらない、という気持ちになり、その存在が非常に励みとなっています。
山元学校は、そんな山本先生の持つ魅力に惹かれた人たちがつながり、新たなアクションを起こす場として、非常に大きな意味を持っていると確信しています。山元学校の元に集まった人達が地域・世代・国境を超えて、社会に対し『これはすごい!』と言わせるような素晴らしいものを生み出していく、いつまでもその様な素晴らしい空間であり続けることを願っています。(東京大学法学部 嶋田庸一)

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山元先生との出会いは2年前、今までお会いした方の中でも群を抜く先生のバイタリティに、LEAFメンバー一同圧倒されておりました。
その後先生にはLEAF日本実行委員会の顧問の就任して頂き、どれだけお世話になったことか。先生の豊富な人脈を数多くご紹介頂き、いつも本当に感謝しております。
そして、迎えた山元学校100回記念。LEAFメンバー一同より花束を送らせて頂きましたが、いつも通り活発な先生には花束がかすんでしますほどのオーラがありました。
今後もお身体にはお気をつけ下さいませ。200回、300回といわず、いつもの先生らしく1,000回くらいを目指して頂ければと思います。
20年後にも同じ姿で僕達の前に立っていることが容易に想像できますね。いや、実は30年後でしょうか(笑)
最後になりましたが、改めて山元学校100回記念おめでおうございます。今後とも末永くLEAF日本実行委員会をよろしくお願い致します。
《LEAF(東アジア国際学生フォーラム) 日本実行委員会一同》

私塾が日本を救う!!

  • 2017/09/21 13:20
特集
 
人のために流す涙は自分に勇気を与える  
出会いは人生を加速する 
 
                  
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私はこうして46歳から英語をモノにした

46歳から一念発起して英語に再挑戦した山元氏は、語学力を身につけたことで性格まで変わり、明るく積極的な人間になった。今からでも遅くない語学征服のカギやアイディアを、ユニークな語り口で披露してくれます。山元氏いわく、『いい加減だから良いのだ。何事も完璧を求めない』。まずは、生き方を変えること。転機を逃さずに、21世紀対応型人間になれば、英語は自然についてくる。人生を楽しみながら、遊びながら英語がいつの間にか上達する、山元式超簡単・英語習得法を伝授します。

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山元学校が101回目を迎えました
 
「努力は苦し、されどその実は甘し」(野口英世博士)
Patience is bitter but its fruit is sweet
(Dr. Hideo Noguchi)


社会変革の時代を迎え、加速度的にパワーアップする平成の松下村塾、山元学校。77歳になった今も走り続ける山元雅信氏にインタビューしました。

山元学校を始められた動機は何ですか?

海外から帰ってきたときに、無気力、無感動の精彩のない日本人が多くなっていたのに気づいて、何かしなければと考えていた矢先、瀬島龍三さん(昭和の参謀と言われた元伊藤忠会長)の「幾山河」の出版記念パーティで「自分の会社だけでなく日本人や日本の国づくりも心配りして欲しい」と直接言われました。そして、「私塾が日本を救う」という本も3度読んで、やってやるぞという気持ちも固まっていたちょうどその頃、学生たちから講演依頼などがあり、またその反響もあったので、月に一回、講演を聴いた学生たちとの「再会の場」として山元学校が始まりました。初めは体験談を話していましたが、だんだん賛同者が応援に駆けつけてくれ、たくさんの素晴らしい人が次々に話をする、現在の形に自然となっていきました。現在私は進行役に徹しています。

学生時代どんな学生でしたか?

優秀な兄たちと自分を比べて、とても劣等感が強く自分に自信を持てない人間でした。
大学2年までは、英語や海外インターンのサークルでも活動をしていましたが、今の妻に会いそれもやめて、いつも彼女といっしょにいましたね。彼女なしでは生きていけないような運命的な出会いを感じたので、卒業後すぐに結婚しました。

どのように自分を変えていったのですか?

卒業後もなんとなく仕事をしていたのですが、31歳の時にノルウェーに赴任することになりました。英語にも仕事にも自信がない私が送られたのは会社としての受注実績もない国で、左遷のようなものでした。
その私が変わったのは雑誌のある記事がきっかけです。ある日、知り合いから日立造船の記事が当時の朝日ジャーナルに載っていると聞き、その記事を読みました。造船の仕事が減り、工場の社員の家庭が次々に崩壊しているという記事でした。自分の仲間が大変な状況にあることを知り、号泣して3時間ぐらい涙が止まりませんでした。
そして私は決心しました。うまくいかない理由を他人のせいにしていた自分を改め、
日本にいる仲間のためにも頑張ろうと。
しかし、周りは実績のある企業ばかり。私は受注するために必要な情報は、何でも集めるようと走り回りました。船主(船を発注する人)が必要な荷主(船に積む荷物を発注する人)の情報収集や金融機関の条件まで、自分のところに情報が集まってくるような仕組みも作りました。一時は業界紙の情報の出所の7割近くが自分だったこともあります。会社に頼ることが出来なかった私は、自分独自の情報ネットワークを作り、最後には市場の85%までを独占することが出来るようになったのです。


講演などでどんなことを日本人学生や留学生に伝えていますか?

どんな状況でも自分を諦めないこと。特に今まで挫折を知らずに人生を歩んで来た人たちは逆境に弱いところがあります。人生、勝負は、20代でも30代でもありません。
40代、50代でもそれで人生が終わるわけではありません。私は現在65歳ですが、まだまだ新しいことに果敢に挑戦しています。
山元学校には、目を輝かせて、世の中のために役に立つことをやってやるぞと
訴える人が大勢集まります。そこで、いろいろな人との出会いがあります。
年齢も中学生から、80歳前後のシニアの方までと幅広く、毎回各国大使のスピーチがあり、参加者も国会議員、企業経営者、歌手、ダンサー、芸術家、公務員、医師、エンジニア、メディア関係者など様々です。学生さんも大勢集まっていて、年代を超えた交流が本音で出来る雰囲気がありますのでぜひ一度参加してください。

外国人の人たちも増えてきましたがこれから日本はどうなって行くと思いますか?

いろいろな文化を持つ人たちと一緒に暮らしていくことは大変重要なことです。近い将来、日本もアメリカやフランスのように移民大国になっていくのは間違いないでしょうね。国際結婚という概念もなくなるかも知れません。お互い交わりあってみんなオバマさんのような顔になっているかもしれませんね。

先生の一番好きなことばは何ですか?

『出会いは人生を加速する』ですね。人はいろいろな人と出会い、学びあって成長していくものだと思います。ひとつの出会いが人生を大きく変えていくこともあります。
山元学校でも今まで本当の多くに人たちの運命的な出会いに遭遇してきました。

最後に、これから就職活動をスタートする学生たちにアドバイスをお願いします。

面接官は将来伸びる人を採用しようと思っていると思います。
どういう人が伸びていくと思いますか?考えてみてください。
伸びる人は、素直で、明るく、愚直な人です。素直な人は、どんどん知識や意見を取り入れていきます。明るい人には情報が集まります。愚直な人は単純なことでもやり続けられます。また、時代はIQからEQになり今はHPの時代になったと思います。HPとはHorse Power すなわち馬力です。大きく世の中が変わっていく時代は、頭のよさというより、人からものを吸収し、加速度的に成長する力が必要です。それがまさに『出会いは人生を加速する』ということですね。
 
 
 

山元学校塾長:山元雅信氏プロフィール:

 
 
日立造船(株)時代、赴任先の北欧でマーケットシェア85%を達成させ、神話を作り上げる。入社18 年後カーナーズ・エクスポジション・ジャパン(株)にヘッドハントされ、アジア最大の国際産業見本市を立ち上げ、成功に導く。その後、セガにヘッドハントされ、サードパーティ売上げ10倍、北米売上げ倍増を達成、マーケットシェア63%など数々の記録を打ち立てる。現在は、「Break Through Consultant」という新しい国際ビジネスコンサルタントとして多数の企業のアドバイザーをつとめ、各種新規事業に取り組む。年間100回をこえる講演活動と就筆活動を精力的に展開。二国間の学生会議を30以上の大学生たちと設立。2008年4月より各国大使のインタビュー記事を載せた、産・官・学を結ぶ環境新聞「BLUE EARTH」を発行。毎月18日開催の山元学校は今年100回目を迎えた。 http://yamamotogakko.jp/
 
 
 
( インタビューした学生の感想 )

今回の取材で、私は多くの事を教えていただきました。その中で、印象に残っている言葉が『出会いは人生を加速する!』です。人と出会う事は、その人間の人生と交じわる事で、自分の人生の幅が広がるという意味でした。まさに、多くの苦労と出会いをなさった山元先生らしい名言だと思います。
私も、オリンピックボランティアをキッカケに多くの人々と出会い、たくさんの影響を受けて来ました。この言葉で、自分が感じていた事が確信に変わりました。
最後に、山元先生と出会えた事を感謝し、山元学校で多くの事を学び、多くの人々に出会って、自分を磨きたいです。(大東文化大学 環境創造学科 3年 新井 誠)

学生たちより山元先生へのお祝いの言葉

山元学校が100回目を迎えたとのこと、心よりお慶び申し上げます。
山元先生とはアイセックという学生団体の活動の中で知り合う機会があり、以来何かにつけてお世話になっております。初めてお会いした際に議論が弾み、昼に来訪したのが夜半過ぎまで滞在することになったのを昨日のことのように覚えています。山元先生を見ているとその行動力、フレッシュさに圧倒させられる一方で、次世代を担う人間の一人として
自分も負けていらない、という気持ちになり、その存在が非常に励みとなっています。
山元学校は、そんな山本先生の持つ魅力に惹かれた人たちがつながり、新たなアクションを起こす場として、非常に大きな意味を持っていると確信しています。山元学校の元に集まった人達が地域・世代・国境を超えて、社会に対し『これはすごい!』と言わせるような素晴らしいものを生み出していく、いつまでもその様な素晴らしい空間であり続けることを願っています。(東京大学法学部 嶋田庸一)

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LEAF_photo-hp.JPG

山元先生との出会いは2年前、今までお会いした方の中でも群を抜く先生のバイタリティに、LEAFメンバー一同圧倒されておりました。
その後先生にはLEAF日本実行委員会の顧問の就任して頂き、どれだけお世話になったことか。先生の豊富な人脈を数多くご紹介頂き、いつも本当に感謝しております。
そして、迎えた山元学校100回記念。LEAFメンバー一同より花束を送らせて頂きましたが、いつも通り活発な先生には花束がかすんでしますほどのオーラがありました。
今後もお身体にはお気をつけ下さいませ。200回、300回といわず、いつもの先生らしく1,000回くらいを目指して頂ければと思います。
20年後にも同じ姿で僕達の前に立っていることが容易に想像できますね。いや、実は30年後でしょうか(笑)
最後になりましたが、改めて山元学校100回記念おめでおうございます。今後とも末永くLEAF日本実行委員会をよろしくお願い致します。
《LEAF(東アジア国際学生フォーラム) 日本実行委員会一同》

ブラジルの人たちが私を育ててくれました

  • 2017/07/25 23:16
特集

 

 

移民100周年を迎える日系ブラジル人社会の歌姫

 

10年に渡り日系コミュニティーでの公演を続ける井上祐見さん

インタビュワー 可児タイスさん


日系ブラジル3世  歌手デビューした21歳の時に見たNHKのど自慢のサンパウロ中継をテレビで見る。『この人たちの為に歌いたい』との気持ちだけでブラジルでの公演に挑戦。

 

1:どうしてブラジルで歌うことを始めたのですか?

 

NHKのど自慢のブラジル大会をテレビで観ていて、日系の方々が日本の歌をとても大切に歌っている様子を知りました。すぐにマネージャーさんに「ブラジルに行って日系の方々に日本の歌を届けたい」と伝えました。南米との付き合いも人脈も何もない中、マネージャーさんはじめ多くの人たちに助けて頂いたおかげでブラジル公演を実現することが出来ました。一回目の公演が大好評をいただいて、「また来年も」というお話になりました。ブラジルを中心に南米各地の日系移住地を回らせていただいて今年で10年目。言葉も文化もまったく違う人たちの前で、私の歌やおしゃべりが伝わるかどうか不安でしたが、「歌を楽しむ」という気持ちは、人種も言葉も国籍も大きな問題じゃないんですね。


>2:今年はブラジル移民が始まって100周年ですが、そのことについてどう思われますか?

 

移民一世、二世の方々は大変な苦労の中、今の日系社会を築いてこられました。今年は大きな記念イベントが日本でもブラジルでもたくさんありますが、大切なことは101年目の来年だと思います。この機会をただ単なるブームに終わらせないようにまた、移住で苦労された方々を忘れて欲しくない」という気持ちをこめて『日系移民』の人たちの歌、『オブリガード 笠戸丸』をこれからも歌って行きたいと思います。

 

移民100周年を迎える日系ブラジル人社会の歌姫 歌手デビューした21歳の時に見たNHKのど自慢のサンパウロ中継をテレビで見る。『この人たちの為に歌いたい』との気持ちだけでブラジルでの公演に挑戦。その後10年の間毎年欠かさず、ブラジルの日系社会の人たちの為に歌ってきた。『日系人の心』を歌う日系社会では欠かせない存在の演歌歌手。移民100周年の記念の年にますます活躍の場を広げている

 

 



ハルとナツ novela sobre a imigraçao japonesa no brasil 届けなかった手紙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国民ひとり一人の意識で医療問題は解決する 川嶋朗医師インタビュー

  • 2017/07/05 09:07
特集 国民ひとり一人の意識で医療問題は解決する

川島朗(あきら)氏

東京有明医療大学  保険医療学部 鍼灸学科 教授

東洋医学研究所 付属クリニック 自然医療部門  医師

特定非営利活動法人統合医療塾塾頭・理事長

著書

病気は心のメッセージ(PHPファクトリー・パブリッシング

「見えない力」で健康になる(サンマーク出版)

『「冷えとり」で体内酵素を活性化する方法』(2010年主婦の友社)など多数。

統合医療の大切さを訴え続けている信念の医師、川嶋朗氏にインタビューしました。

Q 統合医療を目指そうと思った元々のきっかけは、アメリカ留学中、現地の人たちに『はり』の効能を紹介したことだそうですね。

たまたま、個人的な使用のために、持参していた『はり』をしてほしいという要望があり、知人に試したこところ、それが大きな評判になりMIT(マサチューセッツ工科大学)よりセミナーをしてほしいと依頼を受けました。専門外なのではじめは、断っていたのですが、何度も要望があったので、はりの英語の専門用語なども準備をして、ノーベル賞の受賞者などもいる前で、セミナーを行いました。その時は驚くほどの反響があり、いいと思えば、すぐに取り入れる彼らの探究心と野心を目の辺りにしました。このままでは、いいものがまたアメリカにとられてしまうと感じ、急遽、帰国を決意し、はりをはじめとする東洋医学を日本の医療現場に取り入れようと、活動を開始しました。そして、ホメオパシーや漢方、自然医療、気功などいいと思ったものはどんどん勉強して、場合によっては専門家の教えを受けながら、時間を掛けて今の統合医療の形を整えていきました。しかし、日本の医療現場は、本家のアメリカやヨーロッパと比べても西洋医学の考えに忠実なところがあり、まだまだ、私のような考え方で治療をしている医師は少数です。

私も西洋医療の素晴らしさは否定しませんが、人が病気になる原因は様々で、西洋医学だけでは治療できない病気も増えています。西洋医学の病気を点で捉える発想では不十分で、心身、両面から患者を診る東洋医学の視点が世界の医学会でも注目されています。

 

Q 医者が失業するような世の中が理想ということですが?

私はいつも患者の皆さんに話していますが、自分自身の体の具合を一番理解できるのは実は患者自身です。医師の本来の役割は、患者が病気とどのように向かい合うかをサポートすることだと思っています。その点から考えると現状の診療は理想には程遠いといわざるをえません。しかし、患者自身も過度に医師に頼るところがあり、自分の体の状況は自分で知るという考えが必要です。私の著書にも書いていますが、患者が本当に自分の体に真剣に気遣い始めるのは、癌のような死の可能性のある病気になった時です。しかし、それでは遅いわけで、そのために予防医学を提唱しています。つまり医者に掛かる前に自分で問題を解決しようということです。本当は、患者の皆さんもそのようになることを望んでいると思いますが、現状では、人々が安易に病院に通うことで、医師のひとりの患者に掛ける時間も限定されています。

私は、自由診療の完全予約制で、ひとり一人に時間を掛けて患者に合った形の診療をしています。医師免許を持つものがこのような形で統合医療を実践しているケースはまだ少ないので、多くの皆さんが日々訪れています。一人ひとりの話を親身になって聞くと、よりいい対処法を提案することが出来ますね。

しかし、最終的にどのような治療をするかを決めるのは患者自身で、私たちの使命は、患者が自分の体のことを真剣に気遣い、安易に医者に掛かることがないように教育することだと思います。

Q 理想に燃えた若い医師や医学生で川嶋先生のような診療を行いたいと思う人は多いと思いますが、統合医療やその考え方を教える教育機関などを作る計画はありますか?

多くの医師は、現場の忙しさに追われ、中々本質的なことを考える時間もないのが現状です。また、もしそのような考えがあっても、組織的にも出来上がった業界ですので、異質な取り組みは中々評価されにくいところがあります。

しかし、このままではいけないと異を唱える人たちも増えているのは事実で、現状の医学界に問題定義をする書籍なども多数発刊されています。

私が大学の機関で診療を続けている理由には、まさに『医療従事者としての哲学』なども含めた教育機関を作りたいという想いがあるからです。現実的にはまだまだ解決しないといけない問題もたくさんありますが、思いを共有する仲間をどんどん増やして必ず実現したいと思っています。

ある僧侶の方に『お医者さんは人格者であってほしい』といわれたことがあります。生活が安定していて、給与的に優遇されているなどと考えて、医師を目指す人もいるかも知れませんが、多くの若者は、『人の命を救いたい』という純粋な動機を持っていると思います。しかし、その純粋な気持ちを受けいれて、医師本来の『患者が病気になることを未然に防ぐ仕事』を全うできる職場はほとんどありませんし、また、医師が患者に親身になって寄り添える余裕のある医療の現場も多いとはいえません。

そのためにも、早急に現状の医療のあり方を根本的に変えていく必要があると思います。

子役としてNHKのドラマで主役を務めるというユニークな経歴も持つ川嶋氏。

有名監督などからの熱心な誘いもあったが、あっさりと子役をやめて、医師の道を目指した。

本来医療は、僧侶や牧師などの祭祀が行ってきた『神聖な行為』でもあり、お金儲けではない。その医療を本来の形にするには『哲学』が必要だと川嶋氏はいう。

多くの医学を目指す若者は、川嶋医師と共に本来の医療の形を取り戻すべく心も磨いてほしい。また医療を受ける立場としては、『自分の体を一番よく知っているのは自分自身だ』ということを肝に銘じ、自分の体について知り、もし医師にかかっても最終的には自分で判断するという気持ちが必要である。医師はあくまでアドバイザーで神様ではない。自分の体は自分で守るという意識を一人ひとりが持てば、医療問題は必ず解決するはずだ。

認知症は改善する・政府も自立させた施設を厚遇

  • 2017/06/12 10:59
特集

厚生労働省発表の2014年の認知症患者は全国推定患者数462万人、2025年には、700万人を超えるとも言われているが、その対応策は、未だに十分とはいえない。
https://info.ninchisho.net/archives/2666


現状の介護の体制は大規模な介護施設が中心で、ひとり一人に十分なケアを行うことは現実的に困難だ。また、介護スタッフも重労働の割には、待遇がいいとはいえない。『認知症と付き合う』のが精一杯で、『認知症の改善』に役に立っているという充実感を味わうことが難しい状況も介護スタッフのモチベーションが上がらない原因のひとつとになっている。

しかし、現場では、要介護度が高くなれば、医療報酬がたかくなる現実があり、介護の状況を改善が医療報酬として評価されることがなかった。

これでは、どんどん増加する介護費用を抑制することは出来ないと、2016年11月10日、政府の未来投資会議において、介護の状況を改善した場合に医療報酬を上げると明言した。

そこで、大いに注目を浴びているのが、2万人以上の改善事例がある心身機能活性運動療法』だ。

また、この療法は、高齢のドライバーの事故が増加する中、効果的な改善プログラムとして、自動車教習所などでも試験的に実施されるようになった。

日経新聞で取り上げられた記事

業界誌でも注目されるほど、評価されている『心身機能活性運動療法』

この心身機能活性運動療法は「認知症の改善」を目的に開発したもので、5つのプログラムを一体的に組み合わせて実践し「脳と心と体」を「楽しく活性」するものです。「楽しく」というと遊びの様に聞えますが、その中にこそ人間性を取り戻す様々なノウハウが蓄積されています。

そしてこの心身機能活性運動療法は認知症の改善と予防だけではなく、脳卒中後遺障害者や障がい児、自閉症児、身体・知的・精神障がい者の改善にも役立つ画期的な方法です。

究極の認知症改善法認知症にならない!認知症にさせない!認知症を改善する!をテーマにお話しします

 

 

『ASIAN GATEWAY』を目指して『大阪』が動き出した

  • 2017/06/01 00:43
特集

 

ASIAN GATEWAY』を目指して『大阪』が動き出した

『人こそ大阪の大きな観光資源』
大阪人の寛容性でアジアの人たちと共に大阪を元気に!!

 

加納局長(写真左)は、様々な環境に左右される厳しい国際観光の世界で、18年もの間、香港政府観光局の局長を勤めてきたプロ中のプロ。長く日本を海外から見てきた経験を生かして、4月から大阪の観光の活性化に取り組まれている。インタビューするのは、関西学院大4年の郡山めぐみさん

Q:2020年までに大阪に海外からの観光客を今の3倍の650万人にするという目標が掲げられていますが、それをどの様に達成していこうと考えていますか?


A:ミラクルはありませんね。まずは、ひとつひとつ、今までの政策を検証しながら進めていくことですね。現在、大阪には東京や京都のように外国人観光客を呼び込むブランドがこれといってありません。しかし、大阪の人たちの陽気さや人懐っこさは、海外の人にとっても大きな魅力です。岸和田だんじり祭りに人生をかける人たちの姿や阪神タイガースの熱狂的なファンの様子、また何気ない会話の中にもユーモアを取り入れる大阪の人たちの個性が大きな観光資源となりうると思います。

 

大阪観光局のキャッチフレーズは、『ASIAN GATEWAY OSAKA』(アジアの玄関・大阪)『VENTURING to Asia? Start in OSAKA』(アジアでの起業は、まず大阪から)です。私は長年、日本を海外から見てきましたが、より具体的なプランド戦略が必要です。歴史的に見れば、大阪はアジアの国々とも深いつながりがあり、昔から日本とアジアの国々を繋ぐ拠点です。多くのアジアの人たちが、集い、生活の中で学び、またビジネスもしやすい環境を作っていくことが、長い目で見た場合大阪を魅力のある都市にしていくと思います。カラオケや回転寿司など今では、世界中で有名になった日本の文化ですが、元々の発祥は大阪です。大阪はイノベーションの街でもあります。日本企業はもとより、もっと多くのアジアの起業家が大阪で活躍していってほしいと思っています。

Q:観光を盛り上げるために留学生の活用で考えられていることはありますか?

A:4月より関西国際空港で、海外から大阪に来ていた人たちに帰国前のアンケート調査を行っています。そこでは、様々な外国語が必要とされますので、多くの留学生にも活躍してもらっています。アンケートといっても観光政策の参考データとなる重要な仕事ですので、きっちりとした研修も行い、そのために特別なユニフォームも作りました。この取り組みが教育的にも意義があると教育機関のからも授業の中で取り入れたいなどの要望も頂いています。このような活動を通して、留学生の皆さんの活躍する場所も広がっていけばいいと思っています。

Q:今後取り組んでいかれるイベントなどありましたらお教えください。

A:イベントは、国際観光という側面からも大変重要なものです。まずは、6月1日に、アジア初のモトクロス世界大会「Red Bull X-Fighters Osaka」が大阪城で開催されます。また、今年で20回目を迎え、今では世界のトップクラスのHIPHOPダンサーが集まる『DANCE DELIGHT』は、元々は大阪が発祥のイベントです。世界各国で予選が行われていますが、今年は決勝大会が大阪で9月1日に行われます。大阪にはこの分野でも優秀な人が多いですね。あと、『INTERNATIONAL JAZZ DAY』というUNESCOや国連も関わっている世界的に有名なイベントがありますが、こちらも大阪への誘致を進めています.それと、今年から大阪でもはじまる『国際紅白歌合戦』も応援していますよ!!(まだ小さいけどね)

加納國雄氏プロフィール
1944年 群馬県生まれ。群馬県立高崎高等学校卒業、米国ブリガムヤング大学マーケティング専攻学士号取得、米国サンフランシスコ州立大学にて国際経営学修士号(MBA)取得。1972年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行入社、1982年,同銀行証券駐在事務所設立、マネージング兼駐日代表に就任、1987年同銀行証券会社設立、マネージングディレクター兼副支店長に就任、1991年ロイヤルドルトン・ドッドウェル株式会社代表取締役社長を経て、1995年 香港政府観光局 日本・韓国地区局長に就任。在任18年間で、1997年の香港返還、2001年の9.11テロ、2003年のSARS、2009年の日本香港観光交流年、2011年の東日本大震災などを経験。2013年4月に大阪観光局初代局長就任。

 

 


インタビュー後の感想 
郡山めぐみ(関西学院大学4年) 
国際紅白歌合戦 IN OSAKA 実行委員会委員長
加納局長へのインタビューをさせていただいた中で、大阪へ足を運んでくださった方々へ対して日本ならではの「おもてなしのこころ」を持って迎え入れることを大切にしたいという想いに特に感銘を受けました。大阪に来られた「お客様」の満足のためには相手の立場や気持ちをよく理解し、客観的に自らを見つめ直すマーケティングをする必要があります。現在関西国際空港の出国カウンターにて滞在日数や滞在中の消費額、日本の満足度等を測るアンケートを実施・分析されているということで、観光立国・大阪としてその結果から見えてきた日本の新たな良さを更に伸ばし、外国人にとっての障壁を取り除く取り組みに行政と民間がひとつになって全力で取り組めば、2020年の来阪外国人650万人も夢ではないと心から思いました。更に素晴らしいと思ったのが、その関西国際空港でのアンケートのインタビュアーとして日本在住の留学生も起用しておられるということ。各々日本に魅力を感じて来日し、日本での生活の中で何らかの不便さを感じているであろう彼らをこの政策の一環に巻き込むことは大阪PRの点でも非常に助けとなるのみならず、留学生が日本への愛着を増したり自信を持てたりすることにもつながるでしょう。
加納局長率いる大阪観光局の取り組みに心から期待しつつ、私にできる「おもてなし」を模索していきたいと思います。

大阪の観光を一緒に盛り上げてくれる大阪サポーター募集中!!

大阪が変われば日本が変わる? 上山信一慶応大学教授インタビュー

  • 2017/05/15 20:20
特集
 
 
大阪が変われば日本が変わる?
 
『大阪都構想』は若者が希望を持てる改革なのか?
 
 
3.11の大震災以降、外国からの観光客が減少した。新たに日本への留学を考える学生も減少するのではないかといわれている。また、海外の人たちの興味が日本から中国など急成長する他のアジアの国々にシフトし始めているのも事実だ。「日本はこのままではいけない」と誰もが感じている。そんな中、なぜ日本社会には大きな変革がおきないのか?今回は、3人の学生が、組織改革の専門家であり、話題の『大阪都構想』のアドバイザーでもある上山信一慶応大学教授に、その可能性についてお話を聞いた。
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上山信一氏プロフィール:慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪府特別顧問、大阪市改革推進会議委員長を歴任。国交省政策評価会(座長)、新潟市都市政策研究所長、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。京大法卒。米プリンストン大学修士。
 
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Q:(lanceさん)大阪都構想の背景にある考え方と、実現した場合の日本の社会に対する影響を教えてください。
 
A:(上山教授)『大阪都構想』は単に大阪の改革に留まりません。最終的な目標は明治維新以来140年続いてきた『一国一制度』を『一国多制度』にしていこうというものです。全てのことを国が中心となって統治していく現在の体制のままでは、今後の変化の激しい時代には対応できません。自民党から民主党に政権は移りましたが、国の統治のしくみの根幹は変わっていません。現にこの2年、一部の政策は変わっても政治のあり方は変わっていません。各地域が自立せずに国に経済的に依存しているままでは、活力も出てきません。そこで、『大阪都構想』では、全国の大都市に一律にあてはめられている政令指定都市制度から離脱し、独自の都制度への移行を目指します。具体的には府と市の行政を効率化して無駄を省き、1つの都庁に統合します。大阪市・大阪府が持っている資産を有効利用して経済を活性化していきます。今大阪府と大阪市の負債は合計で約10兆円ですが、同じく府と市を合わせて約16兆円の資産を持っています。特に大阪市は、市内の土地の25%をも所有しています。この資産を有効に活用すれば外部からの投資を呼び込んだりすることも難しくありません。また府と市が協力すれば、空港連絡鉄道や高速道路などを作ることも出来ます。
今経済的に伸びている国では、国家が全て指導するというより大きな都市圏のリーダーが自分の裁量でどんどん新しい政策を実行していき、海外や民間企業からの投資を呼び込んでいます。大阪が新しい成長モデルを他の地域にも示せば、九州圏、中京圏、首都圏でも同じような動きが活発化するでしょう。
 
Q:(崔梅花さん)それは、すごい構想ですね。しかし、私は日本(東京)に住んでいて思いますが日本人は保守的で、そのようなことは思っていても、行動に起こすのは難しいのではないでしょうか?
 
A:確かに簡単なことではありません。しかし、同じ方向を向いて努力している仲間は、いろんな分野で大勢います。また大阪というところはある意味、日本ではありません。(笑)歴史的に見ても交易で栄えた街ですから、人・物・お金の往来が自由でかつ活発でないとやっていけません。大阪の人たちもあまりルールにこだわらず、臨機応援なところがあってどちらかというとアジア的ですね。国の制度が硬直化していれば、国民も結果的にはチャンスを逃してしまう。しかし日本全体を変えるのは大変です。だから大阪から変えていくのです。
 
Q:(住田さん)3.11の震災後に社会を変えたいと行動する若者が増えていますが、大阪都構想を推進されている上山教授から何かアドバイスはありますか?
 
A: 日本の若い人たちも意識を変える必要があると思います。一番早い方法は、海外で生活してみることです。日本を外から見れば、制度や考え方の違いも肌で感じることが出来ると思います。あと、社会全体は簡単には変えられない(笑)。まずは、地道に自分の身の回りを変えていくことからはじめてみましょう。そのためにはまずはビジネスなどの基本スキルを見につける。仕事で実践してみて力をつける必要があります。あとはあきらめないことです。私は『大阪都構想』の基本的な考え方を10年前から考えてきました。途中で頓挫した時もありましたが、あきらめずに想いを暖めてきました。すると実現へのチャンスが廻ってくるものです。また失敗をしても、その経験はむしろ公開する。すると新しい協力者も出てきます。くよくよせず明るく前を向いて進むことです。
 
あと、もっと政治にも関心を持ってほしいですね。新聞やテレビで見ていると、今の政治家はあまりかっこよく見えません。また集団となると政党間のかけ引きもあってタテマエで発言される。でも個人的に話すと皆さんとても優秀な人が多いです。若い人たちには国籍に関らず、もっと日本社会や政治に関心をもってどんどん発言し、行動してほしいですね。
 
今の日本の社会がこのままでいいと思っている人はほとんどいないだろう。若い人たちの間でも将来に明るい希望を持つことが難しくなって来ている。その意味でも『大阪都構想』への関心がきっかけとなり、明確なビジョンを持てば、どんなに大変なこともやれば出来るという雰囲気が日本中に蔓延することを願っている。
 
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本の紹介
 
大阪維新 (角川SSC新書)
著者:上山 信一(慶應大学総合政策学部教授)
大阪が今、熱い。日本第2の大都市・大阪が、橋下徹元知事のもとで大きく変わりつつある。橋下氏が提唱する「大阪維新」は、都市・大阪が国への依存から脱して 地域として自立しよう、そしてニッポンの再生をリードしようという運動だ。著者は橋下氏の政策ブレーン。「構想日本」と「脱藩官僚の会」の立ち上げ、大阪市役所の改革を主導してきた“改革屋”である。今の日本には国鉄改革と同じスケールの“地域分割”と“民営化”が必須だという。なぜ、橋下改革が日本を変えるのか。その作戦と展望を語る。
 
 
 
 
 
体制維新―大阪都 (文春新書)
 
著者:橋下 徹 堺屋 太一(作家・元経済企画庁長官)
「いいことも悪いことも大阪からはじまる」といわれる。経済の低迷、莫大な負債など大阪を取り巻く情勢は日本の縮図ともいえる。橋下徹知事が掲げる「大阪都構想」は、大阪、そして日本改革の切り札となるか―。その全貌を論じ尽くす。

 

『体制維新』のブックレビューはこちらから

 

若者の投票率について

 
(大阪市選挙管理委員会のHPより)
 
20代の投票率は全国平均でも約20%。これでは、自分たちの意見が反映されないのも無理はない。自分の将来に不安があるならまずは投票に行こう。
選挙権のない留学生や外国人の人たちは、日本社会に対して自分たちの想いをソーシャルメディアなどを通じて伝えることもいいことですね。日本に暮らす外国人だからこそ気付くこともあると思います。
 
インタビューした学生の感想
 
 
崔梅花(サイ・バイカ)(東京大学大学院・中国出身)
いつも先人が作った決まったルールの枠の中で、外に出ようとしてこなかった日本・日本人だと思いました が、敢えて殻を破り、新しい日本を描こうとしている方々が数多くいて、目立たないところでいろいろな準備をしていることが分かってよかったです。今の若者 ももっと政治、社会に目を向け、目の前の利益だけではなく、もっと大きい夢を描けるような人材になっていくべきだと思いました。
 
 
李斗豪(リドゥホ)(東京大学・韓国出身)
政治と経済には前から興味がありましたが、上山先生の話を聞いてとても新鮮で面白かったです。そして今の日本は本当に改革が必要ではないかと思い、改革についても深く考えるようになりました。今後の日本の変化を楽しみにしていきたいです。
 
 
 
 Lance Truong(国連大学インターン生・オーストラリア出身)
「上山先生は自分の考えに自信を持っている方で、大阪都構想に関してわかりやすい説明をされました。日本は現在様々 な問題に直面しているさなかであり、その解決策に対しても様々な意見があります。それから、民主主義国家においてはこういった問題について深い国民的論議 が必要で、上山先生のような大胆な考えを持っている方はそういう意味で重要な社会的貢献ができる方だと思いました。上山先生のお話を聞 き、これから行われる大阪の府知事選・市長選により注目したくなりました。

何より仲間を大切に、GLOCAL な不動産会社でエキスパートを目指そう!!留学生 募集!

  • 2017/04/25 22:56
特集

何より仲間を大切に、GLOCAL(GLOBAL X LOCAL)
な不動産会社でエキスパートを目指そう!!


 
英語のできる外国人留学生大歓迎!!
社員に投資し、成長する機会を提供する人を大切にする社風!!
ベトナム、タイでも事業を展開中!!


日本で初めて『多文化共生都市宣言』をした神奈川県川崎市。そこで、地元貢献と国際化をテーマに掲げ、ユニークな事業展開をする不動産会社、㈱N-ASSETの宮川社長に学生時代から、起業に至る経緯、求める人材像についてお話を伺いました。

宮川 恒雄(みやがわ つねお)氏プロフィール

1971年京都府生まれ。1994年神戸大学卒業。伊藤忠商事株式会社に入社。1999年株式会社ノエルに入社。不動産オーナーの資産形成をサポートする部門を立ち上げ、多くのプロジェクトを成功させる。同社のジャスダック・東証二部への上場に貢献した後、2009年にMBOにて株式会社エヌアセットの代表取締役に就任。2011年に最初の海外拠点としてN-ASSET Vietnam Co.,Ltd.を、2014年には2拠点目となるN-ASSET(Thailand) Co.,Ltd.を設立。


宮川氏:大学時代は、サークルを立ち上げたり、イベントしたりと楽しく過ごしていましたが、遊びながら起業についても考えることもありました。そこで就職活動では、ビジネスを勉強できる環境はどこかと考え商社を受けたところ伊藤忠商事に採用され、不動産事業を体験しました。

そして、伊藤忠時代の上司が立ち上げた不動産会社に転職しました。転職当時、その会社は10名ほどの小さな会社でしたが、どんどん成長し、株式上場も果たしますが、リーマンショック後に、破綻してしまいました。

私のいた事業部も清算されることになり、残務整理後、入札されることになりました。一緒に働いた仲間を守るためにも、思い切って入札に参加したところ運よく、落札することが出来ました。株式会社N-ASSETはこのように苦労を共にした仲間と一緒に生まれた会社です。


 
だから、今でも会社の理想は、『サークルみたいな会社』です。(笑)

社員がのびのびと仕事を楽しめる会社で、やりたいことにどんどん挑戦できる機会がある会社にしていきたいですね!!

また、新しい会社の文化も創って行きたいので、6年前の社員数がまだ約30名の頃から積極的に新卒の採用を継続しています。

新入社員に求めるものは? 『素直さ』『チャレンジ精神』


我々が目指しているビジネスモデルは新しい不動産業であり、簡単なものではありません。

新入社員の方に一日でも早く仲間に溶け込んでいただき、戦力となっていただきたいので、『素直に』吸収する姿勢が大切です。そして、新しい仕事や環境に果敢に挑む皆さんの『チャレンジ精神』に期待しています。

また、この街は外国人の方達がこれからも増えてくると思います。そのような方たちがこの街で快適に過ごせるよう、今回は英語が出来る社員を特に募集します。


この4月から、英語と中国語のできる優秀な社員(元留学生)も入ってきますので、その社員とも協力しながら、エヌアセットグループのグローバル化に貢献してほしいと思います。


また、うちの社員の特徴として、社員同士がとても仲がいいんですね。仲間を大切にする人は、お客さんも大切に出来ると思います。不動産管理業は、サービス業だと思っていますので、そのサービスの質を絶えず向上させて、お客様に喜んでもらう姿勢を持っていてほしいですね。


(ベトナム・ダナンでの社員旅行)


現在弊社ではベトナム、タイでも現地に進出する日本企業をサポートする事業を展開していますが、日本国内ではまだまだ国際化は遅れています。したがって、国籍を問わず素直でやる気のある社員であれば、仲間になっていただき、時間をかけて不動産のプロに育てていきたいと思います。


そして、不動産業とは街の価値を高める仕事です。『地域と共に発展する』気持ちで、私たちのビジネスの拠点であるこの川崎市高津区を盛上げる活動にも積極的に参加し、GLOCAL(GLOBAL X LOCAL)を日本に、そして世界に広げていきましょう!! IT化が不動産業でもどんどん進み、当社でも効率化も進めていますが、私は、経営者の大きな使命は、雇用をどんどん作っていくことだと思います。ビジネスの拠点の地域に貢献し、地域になくてはならない企業体になれば、どんどん事業を拡大していくことは可能です。
そして、社員が楽しく働ける環境を作っていきます。利益を上げて、社員にどんどん投資していきたいですね!!

不動産業界をサービス業と捉えれば、時代と共にどんどん進化していく先端事業ともいえる。
不動産業界で様々な浮き沈みを経験した宮川社長の下、社員を大切にするGLOCAL企業、㈱N-ASSETで不動産業のエキスパートを目指してみよう!!

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