2019/02/20 17:57

特集

観光は国際化、地域活性化のキーワード

特集
観光学科 鈴木教授にお話を伺いました
外国の人たちといっしょに日本の郷土のよさを再発見する旅に出てみよう。
桜美林大学 鈴木教授
呉英姫さん(学習院大学)
いよいよ、10月1日に観光庁がスタートします。
今回は、『観光立国』を目指す、日本の観光に向けての取り組みを大手旅行会社の経験を生かして観光業に様々な提案を投げかけている鈴木教授に中国人留学生の呉英姫さんがお話をお聞きしました。
feature_06
地域の時代が到来!!
feature_08
1:観光の重要性についてお聞かせ下さい。

日本を元気にするため、特に地域産業を活性化するためには、『観光』は非常な重要なキーワードです。日本は最近までアウトバンド(日本人が海外に行くこと)が多く、インバウンド(外国人観光客を日本に迎えること)が非常に少なかったのですが、日本国内に観光客を海外から迎えることは日本の真の国際化にも非常に有効なことですね。色々な国からお客さんが来ると地域にも活気が出て、みんなが自分の故郷に自信を取り戻すきっかけになると思います。
あと、観光は色々な産業を活性化する起爆剤にもなります。観光客を迎えるお店や宿泊施設、
新しいおみあげの開発なども考えられます。

2:日本の一番いいところは何だと思いますか?

この小さな国土に北海道から沖縄まで各地域で多種多様な特色があるところですね。四季折々の自然や郷土の料理もすばらしいですし、温泉にしても各地で本当に特色があります。日本人特有のホスピタリティーももっと日本人が外国人を理解して、地域に誇りを持てば、それ自身が大きな観光資源になりますね。

3:日本が観光立国になるためには何が一番必要だと思いますか?

外国人の人たちといっしょに日本のすばらしいところを見つけ出す努力をすることだと思います。自分たちが普段、当たり前になって見逃しているものでも外国人の人たちにとっては、とっても魅力のあるものかもしれませんね。
旅行業界の公共の組織や大手の企業などももっと、外国人の人たちがリーダーとして活躍する場をもっと作っていくことが必要ではないかと思います。また日本に長期で滞在している留学生や外国人の人たちに住み心地のいい国だと思ってもらうことも大切ですね。
彼らが日本を好きになって帰国してくれれば、それが1番のPRになります。


4:観光業界に興味のある学生たちに何かメッセージをお願い致します。

旅行のプロを目指してがんばってもらいたいですね。私のところの学生でも
旅行の資格をとって、がんばって大手の旅行会社に入った中国人の留学生もいます。
彼は、入社3年目にして北京オリンピックの時に現地で重要な役割を果たしました。
日本人の気がつかないことでも外国人であれば分かることがたくさんありますよね。
どんどん経験を積んで日本の会社でマネージャーを目指してください。
これから将来、皆さんの活躍する場所は必ず増えていくでしょうから、その時に
主役になれるようにがんばってください。

5:座右の銘を教えていただけますか?

とにかく、百聞は一見にしかず。とりあえず、どんなことでも頭で考えるだけではなく
体で経験することが大切だと思います。やりたいことがあったら、とにかく、実行してみましょう!!

鈴木勝 教授プロフィール

鈴木勝 教授プロフィール1967年 早稲田大学商学部を卒業し、JTB(日本交通公社)入社京都支店での経験を経て、責任者としてシドニ-に5年、北京に4 滞在 JTBワールド・オセアニア部長、取締役アジア部長などを経て8年前から、“サラリーマン貫徹派”教授として、大学の教壇で学生相手に「国際ツーリズム振興論」etc.を講義。現在、インバウンド&アウトバウンドの双方向観光が均衡&拡大する「観光立国ニッポン」造りに取り組む。

自然に対する感謝が大切!

特集
― 環境問題には国境がありません!! ―
映画「KIZUKI」の監督 瀬木直貴氏インタビュー
インタビュアー
王秀麗さん
中央大学
自然に対する感謝が大切!
映画「KIZUKI」の監督 瀬木直貴氏インタビュー
― 環境問題には国境がありません!! ―
feature_06
feature_08
Q:映画監督になるきっかけは何ですか?


A:公害で有名な三重県四日市市で生まれた私は家族旅行で長野に行った時に、その自然の豊さに魅了されて自然の中で暮らしたいという気持ちになりました。また、小学校4年生の時に教科書で見た、公害の悲惨さを訴える水俣病の写真をきっかけに、報道の道に進みたいと思うようになりました。
しかし、大手の新聞社の試験には受からなかったので、大学時代に、アルバイトをしていた映画の製作会社にそのまま入社しました。そこで、スタッフにも恵まれたお陰で通常10年はかかるところ、わずか2年半で監督になれました。あまりの速さで監督になったので、本当に映画が好きかどうかと自分に問いかけてみようと思い、26歳で監督をやめ、7ヶ月間世界旅行に出かけました。
言葉が通じにくい環境の中で自分自身をあらためて見つめ直してみました。そして、1秒間に24枚の写真が入る映画なら、写真以上の『思いを伝える』可能性があるんじゃないかと思い、日本に戻り助監督からやり直しました。そして、映画が大好きになりました。

Q:「KIZUKI」にこめた特別な思いを聞かせて下さい。


A:人間の行動の矛盾、心の葛藤に焦点を当てました。今回の作品はドキュメンタリー映画ではありません。人間ドラマを中心にして、裏面にある社会問題を抉り出すように作りました。人間は生きていくうえで、必ず何かを作り、資源を消費していく。しかし、資源を消費しなければ生きていくことが出来ません。人間はこのような矛盾を抱えています。今回の作品は4つのストーリーからなり、主人公のそれぞれが持っている矛盾や葛藤を描いているので、ストーリーに自分を照らし合わせて考えてみることが出来ると思いますよ。

Q:中国の環境問題についてどう思いますか?


A:映画には石垣島の漂着ごみをみんなで拾うシーンがあります。その中で、8~9割は海外からのもので、中国語やハングル語の文字が並ぶごみが多くあります。それは、中国や韓国が一方的に悪いと言うのではなく、環境問題には国境がないということです。このことはぜひ理解してほしいですね。国境がないから、環境問題は世界中の人が何か行動を起こさなければ意味がない。

Q:留学生たちへのメッセージ


A:現状では、残念ながら、留学生が集まる地域ではごみの分別などがきちんとされていないことがあります。それぞれの環境、文化、生活習慣は違いますが、やはり環境問題には国境がないから、どうしていけばいいかを改めて考えてみてほしいです。

Q:座右の銘は何ですか?


A:うん。座右の銘かどうかわかりませんが、「感謝」―自然に対して、相手に対して、家族に対しての感謝の気持ちを持ち続けることです。

瀬木直貴監督プロフィール

瀬木直貴監督プロフィール1963 年 三重県生まれ 大学を卒業後 プロダクション勤務を経てフリー 地域の自然とコミュニティを舞台に継続的に映画を撮りつづけ、前作「Watch with Me 卒業写真」は末期医療のあり方に正面から挑み、映画・演劇雑誌『ぴあ』で観客満足度1位(昨年6月)を記録するなど社会派の監督として、映画業界のみならず、教育、まちづくりの分野でも注目されています。 瀬木監督プロフィール

NHK 英語でしゃべらナイト インタビュー

特集
どんなに自分が恵まれているか良く考えてみてください。
コメディアン・タレント・俳優として活躍する
パックンことパトリック・ハーラン氏
英語を話すことに関しての壁を壊したいんです
マレーシアの留学生
エビアンさんがインタビュー
feature_06
feature_08
Q:日本の第一印象はどうですか?

A:第一印象はあまりアメリカと変わらない感じでした。もっと違うものを想像していましたからね。みんな着物を着ているわけではないし、家も車も想像していたより大きかったですね。食事はアメリカより日本がずっといいですね。日本は暮らすには、本当に素晴らしい国だと思います。

Q:非漢字圏の国から来られて日本語の学習はどう取り組みましたか?

A:漢字カードが役に立ちましたね。どこに行くにも持っていきましたよ。
バスの中でも仕事の最中でも。特に読むことに力を入れました。2年で2000文字を
クリアしました。漢字を覚えると日本語の能力は大きく伸びますよ。


Q:日本人が英語に上達するには何が必要だと思いますか?

A:日本を脱出しよう!外国で生活するのがベストですね。秘密の方法なんてないと思いますよ。英語もテニスをするのと同じで簡単に上達する方法はありませんね。練習するしかありません。

Q:日本に来てカルチャーショックを受けたことは何ですか?

A:行儀やマナーについてのアメリカと日本の違いの大きさですかね。日本の水準ではあまり良く思われないかも知れませんが。例えば、いすに手を置くとか、足を組むとか、目上の人の隣に座って、『元気?』なんて日本人は言わないですよね。日本人はいい意味で礼儀にうるさいところがありますね。あと、よく家の中で頭を打ちましたよ。(笑)

コメディアン・タレント・俳優として大活躍するパックン

パトリック・ハーラン氏(パックン)
コメディアン・タレント・俳優として活躍。アメリカコロラド出身。
ハーバード大学比較宗教学科を卒業、同年に来日。
1997年,吉田眞氏と漫才コンビ『パックン・マックン』を結成。
現在はテレビやラジオにてマルチタレントとして活躍。
NHKの『英語でしゃべらナイト』のレギュラー出演はもちろん、
爆笑問題との共著『パックン英語原論』も話題になっている。

melody.さんインタビュー 

特集
音楽的にも文化的にも豊富な経験を持ち、
若くて華やかにVJもこなすアーティストmelody.!
サラジェーン・シーバート
melody.さんインタビュー
melody.が司会を務めるNHK番組・J-MELOを取材。彼女のハワイ時代の音楽的キャリアに加え、ハワイ生まれの日本人という立場についてもインタビュー!
feature_06
feature_08
Q:ご自身が司会を務めるJ-MELOと他の日本の音楽番組の一番の違いは何だと思いますか?
A:はっきりと違うことは、J-MELOの放送は全て英語だということです。あとは、他の番組は日本人向けに制作しているのに対し、この番組は日本文化のことはあまり知らなくてもJ-popなどの日本の音楽には興味をもっている外国人のために作っていることが一番の違いだと思いますね。J-Popだけでなく、クラシック、ジャズ、伝統的な音楽までジャンルを越えて紹介しています。番組を見てくれた人はきっと本当の意味での日本の音楽を感じ取ってくれるはずです。
世界中の人たちに、日本のことをもっと知ってもらうことが私たちの仕事だと思っています。私も日本ではなくハワイで育ったので、日本の伝統文化を"外国人“の視点から見ることができるんです。だから私もいつも新しいことを学んでいる気持ちなんです。なので私にとってシンプルに、外国人にも分かりやすく説明できるんです。
Q: J-MELOでは今まで沢山のアーティストの方々と共演されていますが、特にどんなエピソードが心に残っていますか。

A: 一番は沖縄で新良幸人さん、下地勇さんの2人とコラボレーションしたライブですね。私の母が沖縄出身で、毎年夏休みには親戚に会いに沖縄を訪れていたので、沖縄の伝統音楽と文化は私にとってすごく馴染みがあるものなんです。でも、それまで沖縄で歌ったことはなかったので、初めて親戚や祖母の前で歌うことができて最高に幸せでした。この2人の沖縄のミュージシャンはとてもソウルフルで素敵な方々でした。それに、沖縄では時間の流れがすごくゆっくりです。東京とは違って音楽は楽しむもので、“仕事”ではないということがすごく新鮮でした。

銀座ファイブ

特集
東京メトロ銀座駅直結
外国人に優しいショッピングモール
国際化を目指して
日、英、中、韓国語版パンフレット
多言語WEBを展開
feature_06
東京メトロ銀座駅C1出口に直結している銀座ファイブでは日本人だけではなく外国人にも優しいショッピングモールとして日本語、英語、中国語、韓国語版の多言語パンフレットとホームページの作成を行い11月5日にパンフレットが完成した。
最近は訪れる人の中に外国人居住者や旅行者が激増し、銀座周辺の地図と路線そしてお店紹介が英語だけではなく中国語、韓国語もあれば便利だという訪日外国人の要望を取り込んだようなパンフレットとなっている。このパンフレットの一番の特徴はインタビュアーにアメリカ人、台湾人、韓国人を起用して『外国人の視点』 から描いたものであるということ。今までの情報誌の多くがお店側からの情報発信であったものに対しこのパンフレットは利用者である外国人の立場から発信していくという具合にシフトチェンジをしたのだ。銀座に寄った時は、読み物としても面白く語学の勉強としても役立つ多言語パンフレットをぜひ手に取ってみてはいかがだろうか?
外国人旅行者の目的のトップが『買い物』であり、外国人旅行者の半分以上が東京を訪れている。彼らが首都圏で訪れる場所でトップは新宿だが次いで2位は銀座である。ここ最近の国土交通省のビジットジャパンキャンペーン(Yokoso japan)の積極的なPRに伴って年々外国人旅行者が増えてきている。また海外では色々な国でYokoso JapanのCMが流れている。 このYokoso Japanは2010年までに1000万人外国人旅行者を呼び込む目的で活動しているのだ。
外国人訪日数をあげてみると・・・
2006年9月573627人
2007年9月689500人
と、20.2%の大幅な伸び率
今後外国人に優しい街作りはさらに必要となってくるだろう。

ブライアント『先生』のバスケットボール

特集
日本での挑戦と人生という試合への教訓
東京アパッチのコーチジョーブライアントさんにインタビュー
【訪問者】
エイビアン・ジュナス

吉川 珠恵
ジョーブライアントは‘先生’としても知られる東京アパッチの207cmの長身コーチ。NBAの選手時代には、その技術と柔らかな動きで‘ゼリー’との異名と共に有名に。息子を神戸ビーフにちなんでコービーと付けた事からも彼の日本への興味が伺える。日本の料理とサービスを愛してやまないブライアントも今年で日本生活は3年目。ただ残念なのは大きすぎて日本では買い物は楽しめないということだとか。
暖かくフレンドリーなコーチは常に笑顔で私たちの質問に答えてくれた。
feature_06
長身で迫力があるがとてもユーモアな人柄
feature_08
バスケットボール選手になったきっかけは?
最初は実は野球をしていたんだけど、背がたまたま大きかったから自然にバスケをやるようになったんだ。けどバスケでなら奨学金で大学にいくことができたのが一番の理由だね。現実は厳しくて子どもを大学に行かせるのには大金がかかるから。

あなたの息子コビーさんの名前は神戸ビーフにちなんで付けられたと聞いたんですが。いつから日本に興味があったのですか?
本当だよ! アメリカである日神戸という名前のレストランで神戸ビーフを妻と食べたんだけど、意味を聞いたら有名な肉の名前で、町の名前でもあると聞いておもしろいなと思ったんだ。
子どもが生まれたらジョーとかトムとか普通の名前じゃなくて何か面白い名前を付けたいねと話していたんだ。変わった名前がよかったんだよ。
日本に来ることを決めた理由は?日本の文化で好きな所は?

もちろん日本文化には興味があるよ。年をとればとるほど沢山の国へ行って文化を知りたいと思うようになったんだ。ヨーロッパに8年住んだんだけど、アジアで仕事をするチャンスが舞い込んできた時は何も考えず、すぐに飛びついたよ!
まず日本料理はすばらしい、何種類かなら寿司にも挑戦したよ。後は日本人のプロ意識とサービスには驚かされるね。ただ今だに地下鉄を歩くのには苦労するよ。いつも頭をぶつけちゃうよ。

ジョーブライアントさんのプロフィール

東京アパッチのヘッドコーチであり元NBAプレイヤー。そして現NBAスーパースターであるコービー・ブライアントの父親でもある。いつでも子供たちに大人気の東京アパッチコーチ!

中野ブロードウェイ

特集
全国、いや世界中から今注目を浴びている
『外国人の人たちにもやさしい街』
【インタビュー】
中野ブロードウェイ
中古漫画やアニメなど、ここでしかないコレクターズアイテムを扱うお店が集まる「中野ブロードウェイ」。古くからあるお店と独特の趣味のお店が混在する場所として、全国、いや世界中から今注目を浴びている。
 

feature_08

★中野ブロードウェイ振興組合の青木理事長
★ブロードウェイを側面から支援する中野市役所の鈴木参事
★世界中からマンガとアニメのファンを集める『まんだらけ』で働くフランス人のジェルミーさん
★自称フランス一の『OTAKU』で中野区の多言語館内ガイドの製作にも携わった、セバスチャンさん
★中国の女性にブロードウェイの魅力を伝える市野みゆきさん
★留学生と日本人学生の交流を促進する学生団体をネットワークするSCNの塚崎さん、その他ブロードウェイで行われた国際交流イベント『絆』に来ていた外国人の人たちにもひとことお話を聞きました。
 
★中野ブロードウェイ振興組合の青木理事長の話

中野ブロードウェイの魅力って?
ブロードウェイの魅力はなんといっても、いわゆる趣味の店と古くからあるお店が意図的ではなく自然と調和しながら独特の雰囲気を保っているところだ。アニメやマンガのお陰で世界中から人が来ているわりには、あまり観光地化されていないし、普通に地元の人たちが晩ごはんのおかずを買ったりしている。その辺がなんとも庶民的だ。
また、本当にいろいろな店があるので何度来ても新しい発見があると思う。
中野ブロードウェイの未来について。
これからは、新しいことにどんどん取り組んで、他の商店街にいい影響を与えることができるよう、外国人の方々とも協力して未来のブロードウェイを若い人たちがもっと盛り上げていけるような環境を整えていきたい。7月16日には多言語の館内ガイドを作ってくれた
センサップから、外国人のたちにも参加してもらって『絆』と銘打って国際交流のイベントも八丈島の太鼓の演奏もとり入れて行った。これからも外国人の人たちの力も借りながら、ブロードウェイを盛り上げていってほしい。中野の区役所の人たちにも広報や経済面での支援もとっても力強い。みんなで協力していつまでも愛されるブロードウェイであってほしい。

★ブロードウェイを側面から支援する中野市役所の鈴木参事

中野ブロードウェイの外国人に対する一連のプロモーションについて
区の行政も関わりについて

区内の商店街は、まちの魅力づくりに大きな役割を担っている。ブロードウェイのように、中野の顔とも言えるモールでは、他とは異なるオリジナルな価値を提供していくことが大切だ。世界のブロードウェイになりつつある状況を聞いて、このような多様性を受け入れ、それに対応する環境を整備することは、モノを売るだけでなく、ホスピタリティにあふれた“コミュニティーのあるまち”としても魅力が増すと考えている。
そうした、ブロードウェイの前向きな取り組みは、行政としても、積極的に応援していく。
 

中野ブロードウェイ 理事長と事務局長

(左の方が)青木理事長(右の方が)金子事務局長
 

フルキャスト 平野氏 インタビュー

特集
国に対し、文化に対し、尊敬の念を持って相手を見ることを忘れないことが大切。
人材派遣会社を設立し、15年で年商で900億円野球場まで持つフルキャスト平野会長インタビュー
【訪問先】
フルキャスト平野会長
【インタビュアー】
中 国:招 恵敏さん
日 本:斉藤舞南美さん
学生の間では、バイト紹介のイメージが強いフルキャスト。実は、起業からわずか15年目で年商900億円の大企業へ進化を遂げているすごい会社なのだ。この急成長の立役者である平野会長に話を聞きました。
feature_06
日本人学生と留学生があの大企業フルキャストの平野会長にインタビュー!!!
【インタビュー】

招ー人材派遣会社では、人と人が接するのが大事とかんがえられますが、人付き合いを円滑に行うコツのようなものはありますか?

平野氏ー相手の気持ちを考えるということですね。何事にも、思いやりを持って接する。それは、仕事でもプライベートでも。円滑になるには、相手と打ち解けることが大切だと思います。

招ー人間関係、とくに国が違う場合、信頼関係はどう築いたらいいと思われますか?

平野氏ー信頼関係というのは、たとえば約束を守ることなど、万国共通だと思うんです。時間を守るとか。それらは基本的なことですね。文化が違えば違うほど、相手の自分と違うところを、悪いところに目くじらを立てるのではなく、良いところを見つけてほめていく。

招ー社長は、人間性を高めるのが大事とおっしゃっていますが、具体的にはどうすればよいのですか?

平野氏ー経験をすることですね。いろんなものを見て、いろんなことをする。いろんな国に行ってみる。いろんなひとに接してみる。人間というのは、自分の生きてきた中で培った経験でしか考える幅が無いんです。僕も今まで出会った人、こと、場所の積み重ねで考えています。だから経験が広がれば、その分考え方も広がると思いますよ。

斉藤ー私は今年から大学生です。経験を積むのが大事だというのはわかるんですが、何をしたらいいかわかりません。どうしたらよい
のでしょうか。

平野氏ーそうですね。経験といっても、実はいろいろなものがあるんです。とにかく、どのような形でも人生としての修羅場を潜り抜けることが必要だと思います。なんか修羅場というとすごいと感じちゃうかもしれません。生か死か、みたいなね。でも、そんなことではなく、日々に経験のなかで、例えば友達関係やアルバイトや勉強であっても、自分が物事を考えて判断し、決断する場面に多く出くわすのも、修羅場なんです。ゼミ・サークルの幹事役をかってみる。これも修羅場の一つなんですよ。会費は?場所は?みんなにどう伝える?色々考えますよね。学園祭の委員長とか。プレッシャーになっていい経験だと思う。その積み重ねが大事なんです。考えなければいけない場面、決断しなきゃいけない場面。人を引っ張らなきゃいけない場面などに出くわす必要があると思います。

斉藤ーアルバイトを今年からやろうと考えてます、友達はチェーン店で働く子ばかり。でも、知り合いはそんなバイトでは成長できないというんですが。

平野氏ー例えば、マクドナルドでもモスでも、成長できると私は思っています。経験をつめないバイトなんか無い。ウエイトレスでも、色々なお客さんが来るけども、どうしたら全ての人に満足していただくか考える。そうすれば、時給以上に経験できるんです。「1時間いれば、時給1000円もらえる」と考えては成長しないんです。時間の切り売りと考えれば、暇で給料高いのがいいですからね。「1時間でいくら」ではなく、「何をしたらいくらもらえる」という考えになればいい。考え方が大事なんです。

招ー就活の時、留学生が気をつけるべき点はなんでしょうか?
平野氏ーまず、私は人間として日本人と外国人を区別していません。法律とかは手続き的な部分は別として、「同じアジア人であり、同じ地球人である」という考えが根底にあるんです。しかし、それを前提で、もし何かあえてアドバイスをというならば、自国の誇りをもって就活してるとは思うんですが、よりそのよさを伝えることですかね。留学生だからできることってありますよね。自国と日本の文化や言葉の壁を埋めていくことができるとか。自分で留学生であるが故のメリットしっかりと訴えることです。それをプラスに転じている人は採用したいと思いますよね、経営者ならば。

招ー日本人は働きすぎと言われますが、社長は体を鍛えるのも大事とおっしゃっています。どのようなバランスでやればいいのでしょうか?

平野氏ー
私の場合、スポーツは趣味ですからね(笑)でも、何事にも100%でやる人がすばらしいんじゃないでしょうか。昔は「仕事に100%打ち込め!」とかいうのがあったみたいです。でも、本当に仕事100%の人は、遊びも100%なんですね。仕事を要領よくやる人は、遊びもそう。時間の使い方とか見てるとすぐわかるんです。どちらが良くてどちらが悪いというのは無いですね。そういう人が経営もうまいと思います。

招ー貴社の目標は?

平野氏ー世界一愛される会社を造ることですね。フルキャストで働いてよかったと思ってもらう会社にしたいです。働いてくれているスタッフが、友達に「どこの派遣会社がいいかな?」といわれたときに「フルキャスト」と自信を持っていってくれるような。人々の気持ちを大事にし働いてる人が光り輝ける会社ですね。

招ー社長の座右の銘は?

平野氏ー「初心忘れるべからず」ですね。最初持っていた気持ちや志しというのは、時間や変化とともに忘れていくものなんです。一番初めにどういう気持ちで起業したとか、仕事をはじめたかというのを常に忘れないことが大事だと思います。
【インタビュアー】
中 国:招 恵敏さん
日 本:斉藤舞南美さん
【感想】
招ー緊張しました!

斉藤ー私も。でも、大学に入っていきなりこんなすごい方とお話できるなんて、とても良いチャンスを頂いたと思います。平野さんに言われたように、積極的にアルバイトなどでも責任のある仕事をやっていけるようがんばります。

招ー私は、今就職活動をしているので、とても参考になりました。「コミュニケーションの基本は相手を思いやること」というのは、絶対にその通りだと思います。就職活動も結局は、企業とのコミュニケーションですよね。

斉藤ー確かに。私はまだそういうこと全然わからないけど、自分のことを相手に伝えるっていうのは、大変ですよね。私も、大学が始まって、友達を作れるか不安だったけど、もう大丈夫だと思う。

招ーそうですね。このインタビューで二人も仲良くなれたし。今日のインタビューは本当に良い思い出になりました。ありがとうございました!

フルキャストグループ CEO 平野岳史氏

【プロフィール】平野岳史氏フルキャストグループ CEO1961年神奈川県生まれ神奈川大学経済学部卒業後、金融関係の会社に就職。1987年に家庭教師派遣ビジネスを始める。そして、1990年軽作業のアウトソーシング事業を開始。2005年には、県営宮城球場の命名権を取得し、フルキャストスタジアム宮城とした。現在17社を抱える大企業となっている。

ぱど 倉橋氏 インタビュー

特集
仕事は、手段。目的でない。。
色んな人に出会えることがうれしい
訪問先:ぱどの倉橋社長
訪問者:アンナベル
feature_06
あのギネスブックにフリーペーパー発行部数NO1で載った
ぱどの社長
feature_08
アンナベル:
今日はお忙しいところありがとうございました。
まずは倉橋社長の幼少期のお話から順にお聞かせいただきたいと思います。
社長は小学生の頃の転校の経験が将来役に立ったということですが、どうしてでしょうか?)

倉橋社長:
転校のおかげで、色々な学校で、友達や先生の輪に入り込んでいくテクニックを学んだからです。
そういうテクニックを身に付けることで、社会に出ても必要なコミュニケーション能力を磨くことが出来たのです。

A
(倉橋社長は、学生時代は少々不真面目だったとお聞きしましたが本当ですか?)

K:
確かに高校時代はほとんど勉強をしませんでした。
当時は学生運動が真っ盛りだったのです。
通っていた学校は進学校だったのですが、受験勉強というものを押し付けられることに反抗していました。
しかし、3年生の時に、このままではまずいということになり、勉強を始めたのです。
そうは言っても勉強をしているところを見られたくないので、夕方くらいまでバスケなどをし、その後夜中の3時くらいまで勉強していました。

A:
(そして見事京都大学に合格。大学生活はいかがでしたか?)

K:
当時の大学は学生運動が盛んで、きちんと授業が受けられる体制ではなかったのです。
そのため、クラブ活動が中心の生活になりました。
当時ラリーに夢中になっていたので、自動車部に入って、車を走らせる毎日が続きました。
院に進んだのですが、やはり学問中心になることはなかったですね。

A:
(なるほど。
それでは、その後フリーペーパー事業を立ち上げることになった経緯を教えていただけますか?)

K:
大学院を出た後、荏原製作所という会社に就職し、アメリカに2年ほど駐在したのですが、そのときの経験が起業の原点です。
当時日本では70%以上の家庭が新聞を定期購読していたのですが、アメリカでは、クーポンがたくさんついている水曜日と土曜日にだけ買うという発想が強く、新聞は定期購読されるものではなかったのですね。
そのころアメリカで流行ったものが5年後か10年後に日本でも流行るという状態だったので、きっと近い将来日本でも同じようなことになるだろうと思ったのです。
これは2005年の話になってしまうのですが、広告費の市場が全体で5兆9,000億円で、そのうち新聞が1兆円、雑誌3,900億円、そしてチラシは4,700億円でした。
新聞の方が雑誌の市場よりも大きく、デザイン料を含めると、1兆円以上の市場があるのです。
もし新聞が無くなったら、この1兆円はどうなるのか。
当時チラシを配るインフラは新聞だけでしたが、もし新聞よりも低い価格で、もっと地域を限定化して広告を打てるインフラを作れたら、新聞の代替となれるのではないかと思ったのです。
そして、それはつまりフリーペーパーということです。
当時ITがどんどん進化していくだろうという考えを持っていたので、手作業ではなくパソコンをつかって編集作業が出来るようになるという見込みもありました。
つまり、フリーペーパーなどの製作も容易になるはずだという読みもあったわけです。

A:
(そういった経緯で1987年にフリーペーパー『ぱど』を創刊されたのですね。
当時ご苦労された点はどのようなものですか?)

K:
発行する地域を細分化して、いい媒体を作っているはずなのに、なかなか広告がとれない。
当時フリーペーパーはまだ珍しい存在で、なかなか信頼を得られなかったのです。
それは苦しかったですね。

A:
(日本企業の海外展開が近年目立ちますね。
御社もそのような計画がおありですか?)

K:
現在『ぱど』の発行部数は、全国で約1260万部で、ギネスにも認定されています。
"しかし現状に満足することなく、これからも発行地域を拡大し、部数を増やしていく予定なので、その過程で当然海外進出も検討していますよ。


A:
(『ぱど』にはどのような情報が掲載されているのですか?)

K:
発行地域に住んでいる人々が、普段の生活で行動する際に役立つものが多いですね。
地元のレストランや美容室の情報、そして求人情報など、生活圏の様々な情報を掲載しています。
家庭に配布をしているので、ターゲットとしては主婦がメインです。

元宮城県知事で現在は大学で教鞭をとられる

特集
『人との出会いを大切に』
学生時代は大いに悩むことも必要。青春時代ってそんなにかっこいいものではないですよ。
訪問先:慶応大学浅野教授
訪問者:蒋華さん
数々の改革を進められた凄腕の元知事とは思えない、とっても穏やかな笑顔の浅野教授。
慶応大学のものおじしない学生達をやさしく導いて行かれています。先生の教え子である
中国上海からの留学生、蒋華さんがお話を伺いました。
feature_06
真剣な眼差しの浅野氏と蒋華さん
feature_08
蒋華:今の学生はよく夢がないといわれますが、先生の学生時代ははっきりした、夢はありましたか?
浅野氏:実は私も学生時代に大きな夢を抱いていたわけではないんですよ。別に学生時代に具体的な夢が無くてもかまわないと思います。
私の人生も今振り返ってみると、私の場合は自分が何か強く望んでいたというより、運命的に周りから起こってきたことが多いですね。
政治家になったのも私が強く望んでなったわけではないんですよ。宮城県で大きな事件があって、たまたま自分に話が回ってきたので
それを受け止めて知事に立候補したという感じですね。なので、今夢が無いからといって自分を卑下する必要はないと思いますよ。
40年前の私もそうでした。人生に大切なのは『出会い』ですよ。その出会いに対してどう反応するかですよね。

蒋華:慶応大学にこられて、学生と接してどう感じられますか?
浅野氏:知事の時代はある程度、人との出会いが世代的には限られていますよね。大学に来てから自分の娘の年代の人たちと毎日接することはある意味エキサイティングでありチャレンジングですね。戸惑いもありますが、この年になっても新しい『出会い』が会って感謝していますね。疲れることもあるけどね。教育者という立場ですが彼らに何かを教えるというよりむしろ、何かを考えるきっかけを作りたいと思っています。
蒋華:先生が理想的に運営されていると考える国や自治体などありますか?またそれをどのように学生に伝えられていますか?
浅野氏:北欧の国々が理想に近い感じですかね。障害者福祉など、人間ひとりひとりが大切にされているのがすばらしいですね。
日本もその理想に近づけると思っています。今私が授業で心がけているのは、知識を教えるというより、現状を知ってもらってひとりでも多くの学生たちに政治や地方自治に関心を持ってもらえるよう考えることですよね。

蒋華:留学生や日本人の学生に対してですが、学生時代に経験してほしいことは何ですか?
浅野氏:必ずしも政治に深い関心を持ってほしいとは思っていません。学生時代は理想が高いですから現実とのギャップで思い悩むことも多いと思いますが、大いに悩んでほしいですね。青春時代というのはそんなにかっこいいものではないと思います。メールのやり取りなどで満足して、傷つくのを恐れて人と深く交わらない生き方より友達とけんかしたり、失恋したりする経験も大切ですよね。学生時代は、利害関係なしに人と付き合える貴重な時間ですから人との出会いを特に大切にしてほしいと思いますね。

蒋華:最後に先生の好きな言葉を教えてください。
浅野氏:厚生省の役人時代に新人の研修を担当したことがあるのですが、その時によく言っていた『足下に泉あり』という言葉ですかね。
日本の若い人たちの考え方として、学生時代から将来のためにと競争を続けてきて、いい大学に入って希望の組織に入ってもさらに我慢して上を目指していくイメージがありますが、私は若い人たちに今を楽しんで生きることも大切だよと伝えたいですね。
先のことを案じることも大事ですが今を楽しむ気持ちをもっと大切にしてほしいですね。


浅野司郎教授プロフィール

1948年(昭和23年)2月8日生まれ。宮城県仙台市出身。東京大学法学部卒業後1970年厚生省に入り、社会局老人福祉課課長補佐、在米日本大使館一等書記官、厚生省障害福祉課長などを歴任。たくさんの仲間と出会い、「障害福祉の仕事はライフワーク」と思い込 む。 1993年11月、23年7ヶ月務めた厚生省を退職し、宮城県知事選挙に出馬、当選。次々と改革を推進し、3期12年を知事として務める。現在は、慶応義塾大学総合政策学部教授、宮城県社会福祉協議会会長、東北大学客員教授、社団法人日本フィランソロピー協会会長を務める。知事在職中ジョギング知事と呼ばれた程のジョギング好き。また、15歳からのエルヴィス・ファンとしても有名で 知事時代、地元仙台のコミュニティFMで、毎週水曜日「シローと夢トーク」という番組のDJを務めた。エルヴィスの曲だけをかけ、エルヴィスの曲の話だけするという番組であった。浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』 夢らいんプロフィールで紹介した『ジョギング日記』も見ることが出来ます。